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朝。
チャイムが鳴る前に、
俺は目を覚ましていた。
戻ってきた。
それだけは分かる。
でも、
どこに戻ってきたのかが、
もう分からない。
教室は同じ。
席も同じ。
窓の外の空も同じ色。
なのに、
世界の奥行きだけが、
薄い。
ミオが来る。
ミオ「おはよ」
いつもの声。
いつもの距離。
俺は、
一瞬だけ安堵してしまう。
――ああ、まだいる。
それが、
もう救いじゃないと
分かっているのに。
ノートを開く。
文字が、
前より簡単に書ける。
考えなくても、
手が動く。
間違えない。
迷わない。
修正されている。
俺はもう、
「選ぶ側」じゃない。
_______
休み時間。
誰もいない廊下で、
スマホを開く。
通知はない。
でも、
分かっている。
来る。
必ず。
少し遅れて、 震え。
_________
【アリウム】
今回、
早かったね。
戻るの。
______
俺は、
返信しない。
【アリウム 】
もう、
「戻れるから」って
理由、
使えなくなってるでしょ。
________
胸の奥が、
じわっと痛む。
_________
【アリウム】
次は、
自分が何を
失うかだけ。
人じゃない。
お前自身。
_________
俺は、
画面を閉じる。
でも、
言葉は残る。
________
放課後。
教室には、
俺とミオだけが残っていた。
窓の外は、
もう夕方なのに、
妙に明るい。
時間が、
伸びている。
ミオが、
鞄を机に置いたまま、
俺の方を見る。
ミオ「ねえ」
俺は、
返事をしなかった。
ミオ「最近さ……」
一拍。
ミオ「あなた、
ちゃんとここに
いない感じする」
俺は、
笑おうとした。
でも、
顔が動かなかった。
ミオ「前はね、
戻ってきた時、
すぐ分かった」
心臓が、
少し速くなる。
ミオ「でも今は……
分からない」
ミオ「いるのに、
いないみたい」
俺は、
視線を逸らす。
ミオ「……ねえ」
ミオ「また、
戻ったでしょ」
否定しなかった。
否定できなかった。
ミオは、
それを見て、
小さく息を吐いた。
ミオ「やっぱり」
ミオ「世界、
また軽くなってる」
俺は、
ようやく口を開く。
「軽くなったら、
何が悪い」
自分の声が、
ひどく冷たい。
ミオは、
少し驚いた顔をしてから、
首を振る。
ミオ「悪いよ」
ミオ「だって、
軽くなるってことは」
ミオ「削ってるってことだから」
俺は、
何も言えない。
ミオ「あなたが戻るたび、
誰かの人生が
薄くなる」
ミオ「記憶だったり、
関係だったり、
存在そのものだったり」
ミオ「……それでも」
ミオは、
一歩、近づく。
ミオ「それでも、
あなたが
消えるよりは
マシだと思ってた」
胸の奥が、
じくりと痛む。
ミオ「でもね」
ミオ「最近は、
あなた自身も
削れてる」
ミオ「顔、
前より
ちゃんと見えない」
俺は、
無意識に
自分の頬を触った。
ミオ「ねえ」
ミオ「このまま戻り続けたら、
最後に残るの、
誰だと思う?」
答えは、
分かっている。
でも、
言えない。
ミオは、
その沈黙を見て、
少しだけ笑った。
ミオ「……だよね」
ミオ「あなた、
もう
自分を
犠牲にしてるつもりでしょ」
俺は、
小さく頷いた。
ミオ「違うよ」
ミオ「それ、
犠牲じゃない」
ミオ「逃げ」
その言葉で、
頭の奥が
白くなる。
ミオ「戻れるって思ってる限り、
あなたは
何も終わらせてない」
ミオ「ただ、
壊すのを
先延ばしにしてるだけ」
その瞬間、
スマホが震えた。
ポケットの中。
分かっている。
見なくても。
【アリウム】
そろそろ、
気づいた?
ミオは、
守ってるんじゃない。
お前を
“保存”してる。
__________
俺は、
画面を閉じた。
ミオを見る。
ミオも、
俺を見ている。
ミオ「ねえ」
ミオ「次、戻ったら」
ミオ「もう、
戻れなくなるよ」
その言葉が、
予言なのか、
警告なのか、
分からない。
でも、
一つだけ確かなことがある。
――それでも俺は、
戻る。
戻るしか、
知らないから。
_________
…でも俺は、
もう気づいていた。
誰の人生が、
薄くなっているのか。
誰が削られて、
誰が残されているのか。
……ミオ。
君は、
気づいていない。
俺が戻るたび、
君は“覚えている側”のはずだった。
世界の歪みも、
犠牲も、
俺の選択も。
でも――
違った。
俺が前回、
君に向けてしまったもの。
あの瞬間の、
君の目。
怯え。
拒絶。
失望。
それを、
君は覚えていない。
教室。
ミオは、
いつも通り席に座っている。
何も知らない顔で。
ミオ「どうしたの?」
その声で、
確信した。
――君だけ、
“都合よく”
修正されている。
俺は、
笑おうとした。
「いや……」
喉が、
引っかかる。
ミオ「顔、
また変だよ」
ミオ「ちゃんと寝てる?」
俺は、
頷く。
嘘だ。
寝るたびに、
全部覚えたまま戻る。
でも、
君だけが忘れる。
忘れさせられている。