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未央はガラガラと雨戸を閉める。明日、コーヒースタンドに寄ってみよう。ベッドに横になりながらスマホでニュースをチェックしていたとき──
「きゃああああーーーー!!」
亮介の部屋からどったんばったんと暴れる音がする、事件? 強盗? 火事?
未央は慌てて玄関を飛び出すと、亮介も勢い良くドアから飛び出してきた。
「ご、ご、ご!!!」
「どうしたの? なにがあったの?」
「ご、ゴキブリがっ!!!」
あまりの慌てっぷりに未央は落ち着くよう声をかけた。
「私の部屋にくる? ちょっとお茶でも飲んで落ち着こ?」
亮介はぱああっとうれしそうな顔をして未央を見た。半べそかいてる。昼間の堂々とした王子さまはどこいったのだろうと未央は驚きを隠せない。
ちゃぶ台を囲んで座り、麦茶を出す。亮介はゴクゴク一気に飲み干すと、うつむいてまた動かなくなってしまった。
「……ゴキブリ、苦手?」
重々しい雰囲気に、いてもたってもいられず、未央は自ら口を開いた。
「未央、すまん。俺恥ずかしいところ見せちゃって……」
「苦手なもんくらいあるよね」
「昔から虫が苦手なんだ……。兄に頭にゴキブリを乗せられたこともある。それがトラウマで……」
頭にゴキブリ、それはトラウマだ。郡司くんお兄さんがいるんだな。ぶっ飛んだ兄だというのはよくわかった。
「俺の声、聞いたか?」
「声って?」
「その……叫び声」
「あぁ、えっと……なにも聞いてないよ。ここの部屋けっこう壁厚いから」
「いいんだ、本当のこと言ってくれ。聞いたんだろ? 俺の黄色い声」
待って待って。あなた誰ですか? 本当に郡司くん? 王子さまはどこ?
「あの……郡司くん。酔ってるの?」
きっ、と亮介は未央をにらんでブンブン首を振っている。わかった、酔ってないんだね。
「お願いだ、秘密にしてほしい。俺が……俺が……ゴキブリを見て黄色い声を出したことをっ!!」
亮介は、ばっと頭を下げた。そこまでするか? いや、そこまでしたいんだな秘密に。
「顔上げて? 誰にも言わない。ていうか私何も聞いてないから。ね? 大丈夫だから」
「ほんとうか? 秘密にしてくれるのか?」
亮介は、潤んだ瞳で子犬のような顔を向けている。サクラの冷ややかに亮介を見つめる目がおかしくて仕方なくて、太ももをつねって耐えた。あんた人の言葉わかるの?
「うん。うん、もちろん」
「よかった、感謝するぜ」
「もう遅いし、お開きにしよっか」
ぶんぶんと亮介は首を横に振っている。
「帰らない」
「えっ!? なんで!?」
「また出るかもしれない。バ◯サンたくまでは、部屋に入らない」
「じゃ……じゃあ」
「未央、きょう一晩泊めて」
「えええええーーーーっ!!」
未央がうろたえている間に、亮介はその場にゴロンと横になった。ここで寝るの? 畳の上、そのままじゃ痛くない? ゆさゆさと揺すっても起きる気配はない。
仕方ないので、押し入れからタオルケットを出して亮介にかけた。
サラサラの髪の毛、長いまつ毛。透き通るような白い肌。ほんとすてき……。
少しだけ顔をツンツンしようと思って顔を近づけるとバッと亮介が手を引き寄せて、あっという間に抱きしめられてしまった。「ひゃあ、郡司くん?」
「言っただろ? 夜の俺、優しくないって」
そう耳元でささやかれて、ビクッとする。
「待って、郡司くん。付き合ってないひととは……ね。ほら」
亮介は抱きしめる腕に力を入れた。ぎゅうぎゅうと抱きしめられて、痛いくらい。さすがに付き合ってもいないのに、それはできない……。離れようと思っても、力が強くて逃げられない。