【倒れてもいいから、とりあえず来て!】
そういいかけたけど、さすがにそれは人としてどうかと自重した。
私は「わかった、お大事にね」と返事をして、時計に目を移す。
どうしよう。
どうしよう。
今から代役を探す時間なんてないし、このまま3人で会っても気まずいだけだ。
「もう、橋本くん……!」
行き場のない焦りを叫びつつ、とにかく待ち合わせ場所に行こうと部屋を出た。
ドアを閉めたと同時に、となりの部屋のふすまが目に入る。
自然と足が止まり、私はドアノブに手をかけたまま固まった。
(……どうしよう)
嫌だ。 本当なら絶対に嫌だ。
だけどもう、私の思いつく「男の人」はほかにいない。
私は迷いを押しやって、ふすまをノックした。
『レイ』
名を呼ぶだけで、息苦しいほど心臓が騒いでる。
少ししてふすまがあき、レイはいつもどおりの感情の乏しい顔で、私を見下ろした。
どうしてレイは、私にだけこんな顔をするんだろう。
そんな疑問が頭をよぎるけど、今はそれどころじゃない。
『ごめん、レイ。 お願いがあるの。
今から私と一緒に、遊園地に行ってください……!』
蒼い目を見つめて言えば、レイは目を瞬かせた。
『なにそれ、なんで?』
彼はたぶん、どこかに出かけるところだった。
家にいる時と服装が違うし、畳の上にリュックが置いてある。
それを見ても、私は引くわけにいかない。
『お願い。
詳しいわけを説明してる時間がないけど、遊園地に一緒に行く予定だった子が、急に行けなくなったの。
どうしても私ひとりじゃだめで……。お願い……!』
深く頭を下げれば、しばらくして彼のため息が聞こえた。
『俺、今から出かけるんだけど』
(……あぁ、やっぱり……)
もとから望みは薄かったけど、断られるとわかれば落胆が襲う。
顔をあげない私に、彼は少しして続けた。
『遊園地ね……。
一緒に行けば、なにか見返りあるの?』
弾かれたように顔をあげれば、試すような細い眼差しとぶつかった。
(またそれ……?)
知らず知らずレイを睨めば、彼はため息をついて視線を外す。
リュックを掴んだレイは、無言で部屋を出ようとした。
ずいぶんな態度に苛立つけど、私はぐっと堪えて言う。
『……レイのいうこと、なんでもひとつだけ聞く。
だから一緒に来て。 ……お願いだから』
その言葉に、レイは足を止めた。
わずかに表情を変え、見上げる私と無言で視線を重ねる。
こんなこと、本当なら言いたくなかった。
だけど一緒に行ってくれないと、杏と佐藤くんは、私に遠慮して付き合わないかもしれない。
それなら今ここで、レイに頭を下げるほうがずっとましだ。
彼はじっと私を見つめた。
本心を探るような目を、唇を結んで見返す。
緊張から汗が滲んだ時、「OK」と細い声が聞こえた。
(え……)
まさか承諾されると思わず、一瞬反応が遅れる。
そんな私に、彼は淡々と尋ねた。
『何時にここを出るの?』
(そうだ、時間……!)
慌ててレイの部屋の時計を見れば、乗ろうとしていた電車の時刻は、今から走ってもぎりぎりだ。
『ごめんレイ、もう行かなきゃまずいの。
急いで!』
私は焦って彼の腕を引き、階段を駆け下りた。
その足音で、けい子さんが台所から顔を覗かせる。
「あれ、澪。
出かけるって言ってたのは、レイとだったの?」
「うん、そう! 行ってきます!」
本当は違うけど、結果そうなったんだったから、訂正している時間ももったいない。
私は即座に頷いて、玄関を飛び出した。
門を抜けたところで、まだ玄関にいるレイに向かって叫ぶ。
『レイ、急いで!』
私を見る彼は、完全に呆れた顔だった。
けれどため息をひとつ残すと、渋々私と一緒に駅へ駆け出した。
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