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放課後。
内田の机に、白い紙切れが一枚置かれていた。
『──青扉へ来て。』
インクは滲まず、文字は完璧な直線で構成されている。
まるで“描かれた”指示。
内田「……呼び出しか」
一階廊下の奥。
人の気配が途絶える場所。
青い扉の前には、すでにオリバーが立っていた。
オリバー「来たね」
ノックは三回。
音は吸い込まれ、扉は音もなく開いた。
中は――黒。
だが、単なる闇ではない。
奥行きがある。
床があるのかも曖昧だが、足は沈まない。
黒一色なのに、距離感だけが存在する。
その中心に、少女が立っていた。
アリス「……いらっしゃい」
英語表記で――Δlice。
長い髪。白い肌。
輪郭が、時折ノイズのように揺れる。
アリス「来てくれてありがとう、内田」
声は穏やかだが、空間そのものが微かに震える。
オリバーが隣に立つ。
オリバー「刺激しないでね」
内田は無言で頷いた。
アリスが手を上げると、黒い空間に白い線が走る。
教室の断面図。
廊下。
校庭。
まるでスケッチブック。
アリス「この世界は紙がベース」
線が重なり、色が乗る。
アリス「私は好きなだけ塗れる」
赤、青、灰色。
建物の構造が塗り替わる。
次の瞬間、すべてが消え、真っ黒に戻る。
アリス「逆に、どんなに上手に描いても――」
足元に、白い紙が現れる。
それがゆっくりと裂けた。
世界が歪む。
内田の視界が一瞬、白くノイズを走らせる。
アリス「世界の基盤となる紙そのものが壊れると、台無しになる」
裂け目はすぐ閉じた。
アリス「力の均衡は、そのためにある」
教師。
怪異。
生徒。
誰も“破りすぎない”ように。
アリスの視線が、まっすぐ内田を捉える。
アリス「でも、ここ最近」
空間が少し波打つ。
アリス「内田がやって来てから、力の均衡が不安定になっている」
オリバーが静かに息を呑む。
アリス「それで調べるために、この前の授業で現れた」
暴走ではなく、確認。
アリス「結局、内田は関係なさそうだった」
内田「……そうか」
胸の奥にあった疑念が、わずかに軽くなる。
未来ちゃん歌大好き
だが、次の言葉が重かった。
アリス「外部因子が、他にもいる可能性がある」
黒い空間の奥。
アリス「何かあったら、オリバーに伝えて」
アリスの声は、どこか疲れている。
アリス「私は直接動きすぎると、紙を傷める」
上位存在ゆえの制約。
内田はポケットから手帳を取り出す。
・世界は紙が基盤
・アリスは上書き可能
・基盤が壊れると終わり
・均衡が崩れかけている
・外部因子の可能性
走り書き。
書いている間、空間は静かだった。
内田「……ありがとう」
内田が言うと、アリスは少しだけ微笑んだ。
アリス「あなたのカメラ、面白いよ」
黒が、わずかに淡く揺れる。
アリス「“上から塗られたもの”を、一瞬止められる」
やはり気づいている。
青扉を出ると、廊下の蛍光灯がやけに眩しかった。
現実が薄い。
オリバー「大丈夫?」。
内田「問題ない」
だが胸の奥はざわついている。
外部因子。
自分以外に、
この世界に干渉する何かがいる。
内田は手帳を閉じた。
(報告だ)
吉田さんに伝えなければ。
森の側の人間として。
力の均衡が崩れる前に。
廊下の奥で、青扉が静かに閉まった。
その向こうで、黒がゆっくりと波打っていた。