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「アベル様との進展もありましたし、ルキウス様にも、そろそろご理解頂ければ良いのですが……。今のままでは、アベル様がどんなにマリエッタ様を想っていようと、求婚などできませんから」
「え……? あ、そ、そうね。でもアベル様はきっと、そんな意図で私を誘ってくださったのではないと思うわ」
「これまで多くのご令嬢を拒絶してきたアベル様が、聖女祭にオペラのお誘いですよ? そうした意図がなければ、説明がつきません」
「で、でも……」
なんで私は、こんなにも浮かない気分なのだろう。
アベル様も私を好いてくれているのかもしれないと。飛びあがり喜んで、その勢いでルキウスに婚約破棄を迫りに行ってもいいはずなのに――。
「申し訳ございません、マリエッタ様。少々よろしいでしょうか」
コンコンと扉を鳴らす向こう側の声は、良く知る爺やのもの。
「爺や? どうかしたの?」
「マリエッタ様に、至急の面会を希望する者が」
「私に? いったいどなたで――」
「あー、いたいた、マリエッタ様! つかまらなかったら、どうしようかと思いましたよお」
ひょこりと爺やの後ろから顔を覗かせたのは、炎のような真っ赤な短髪が目を引く男性。歳はルキウスと同じくらいに見える。
知らない顔。それでも私が警戒しなかったのは、その纏う服が良く知ったモノだから。
黒の、ルキウスと同じ王立騎士団の制服。
彼はロザリーの存在に気が付くと、「すみませんねえ、麗しいレディのお茶会に薄汚いのが乱入して」と会釈してから、私へと視線を移し、
「お初にお目にかかります、マリエッタ様。オレはジュニー・ルイ。ルキウス様と同じ遊撃隊で、副団長やってます」
「! あなたが……!」
「え? もしかして隊長、オレの話とかしてくれちゃってたりするんです?」
「一度だけ、副団長はいつも眠そうにしている、緊張感のない方だと……」
「あー、まあ間違ってはないっすけどねえ」
(自覚ありなのね……)
ルキウスから聞いた時はなんて失礼な評価なのかしらと心配になったけれど、どうやら間違っていなかったらしい。
まあ、確かにのんびりと話す仕草とか、下がった目尻が眠そうに見えなくもないけれど……。
「って、のんびり話してちゃ駄目でした」
ジュニーはすっと膝を折り、自身の手を胸元にあてる。
「マリエッタ様、時は一刻を争います。どうか不憫なオレ達を救ってやってください……!」
「…………へ?」
***
「マリエッタ様、もうすぐ着きますからねー」
走る馬車の窓の外側から届く、ジュニーの力強い声。
返答は求めていないだろうから、私はうっかり不安を吐き出さないよう口を噤んでおく。
私が座するのは、慣れ親しんだ馬車の中。対してジュニーは愛馬に乗っていて、馬車に合わせて並走している。
(本当に、私が力になれるのかしら)
落とした視線の先。私の膝上には、ここ数日出番のなかった小袋。
中にはルキウスに会ったら渡そうと作っていたものが入っている。
「一緒に、訓練場に来て欲しいんですー」
気を利かせたロザリーが退出した応接間で、ジュニーはしくしくと泣くふりとしながら、
「隊長、オレ達でうっぷんばらししてるんですよお」
「うっぷんばらし? ルキウス様が?」
「そうですよお。二日前、紫焔獣が出たからって急遽遠征に向かった時はまだ平気だったんですけど、昨日も事後処理の最中に、危険レベルの上がった湖の報告がきちゃって。急いで浄化に行ったら、今度は浄化石が欠けちゃったもんで、新しい石がもらえるまで待機になったんです」
「そうでしたの……」
(ルキウスが訪ねてきてくれなかったのは、仕事で忙しかったからだったのね)
思わずホッとした顔をしてしまったのだろう。
ジュニーはにっとどこか悪戯っぽく口角を吊り上げて、
「大丈夫ですよお、隊長に限って浮気とかはぜったいにあり得ないんで!」
「え!? ちっ違いますわ誤解です! 私はただ、その……ルキウス様が、とうとう私に愛想を尽かしたのだと」
「隊長が、マリエッタ様に愛想を尽かす? いやあ、ないです! 浮気よりもあり得ないですよー! だって隊長の機嫌が悪いのも、マリエッタ様に会いに行けていないからなんですよ?」
「ええ!?」
そんな理由で!? と叫んだ私の胸中を察してくれたのか、ジュニーはますます食い気味に、
「信じられます? たったの三日ですよ? なのに隊長ときたら、”うーん、そろそろ限界かな”とか言っちゃって、訓練の名の下に部下全員と剣闘を始めちゃって。あの人ただでさえ体力お化けなもんだから、こっちの身がもたないってんですよ!」
とゆーことで、一緒に来て下さい!
そう急かすジュニーに背を押され、こうして馬車に乗って王立騎士団の本部に向かっているわけなのだけれど……。
(もしかしたら、ますますルキウスの機嫌を損ねてしまうかもしれない)
小袋を握る手に、ぎゅっと力が入る。
(聖女祭の、アベル様のこと。ちゃんと、伝えなくちゃ)
じくじくと胸が痛む。これはそう、罪悪感。
今年も一緒にと約束をしたのに。相談のひとつもせず、身勝手に裏切ってしまった。
心が重い。それでも私は、言わなければいけない。