「――お嬢様、着いたようです」
対面に腰かけていたミラーナに「ありがとう」と礼を告げ、ジュニーの手を借りて馬車を降りる。
眼前にそびえる石造りの城は、華美というよりは重圧的。
要塞めいたそこの、他者を阻む門の前には二人の騎士団員が。
彼らはジュニーの姿を見るなり、さっと頭を下げ扉を開いた。ジュニーに招かれ、私も内部に踏み入れる。
「ここが、王立騎士団本部……」
「レディをお連れするような場所じゃあないのに、すみませんねえ。緊急事態ってことで、勘弁してください」
窓はあるのに陽の入りが悪い。
薄暗い廊下は空気もひんやりとして、歩くたびにコツコツと足音が鳴るけれど、響きは少ない気がする。
「薄気味悪いですよねえ。泣きつくのは今回限りにするので、多めに見てやってもらえると助かります」
「あら、そんなことはありませんわ。興味深いモノが多くて、目が足りないですもの。例えばこの廊下の壁、こうしてでこぼこしているものは初めて見るのですけれど、なにか意味がありますの?」
「へ? あーとこれは、音を散らすためにこうしているんだと聞いたことがありますねえ。聖女様が現れる前は、男たちが紫焔獣と交戦して足止めをしている間に、女子供を逃がしていたらしいです。ひとりでも多く逃がすための策だったみたいですねえ」
「そうですか……。なら、窓が小さく少ないのも」
「おそらくは、外からの侵入を少しでも遅らせるためじゃないかと。建物に対して廊下が狭いのも、交戦場所を限定して、先に行かせないためでしょうから」
たしかにぐるりと廊下を見渡すと、幅は大人三人が並べる程度で、天井も低い。
今、私が立っているこの場でも、誰かが命を懸けて戦っていたのかもしれない。
愛する者たちを、守るために。
「恥ずかしながら、私にとって王立黒騎士団本部とは、その名の通りの場としか考えておりませんでした。ここは国の歴史が息づく、大切な場所なのですね。私ももっと、学ばなければ」
「……なるほどねえ。あの隊長が、溺愛するわけだ」
「へ?」
ジュニーはにっと口角を吊り上げると、
「普通のご令嬢相手じゃあ、こうはいきませんからねえ。オレ達の”城”に敬意をはらってくださるマリエッタ様が隊長の婚約者で、めちゃくちゃ嬉しいです」
「……ありがとうございます」
(もうすぐ、婚約者ではなくなるのだけれど)
胸が重苦しいのはきっと、人の良いジュニーを騙しているような心地がするから。
そう。けして、ルキウスとの婚約破棄に迷いが生まれたなんてことは――。
ジュニーの話によると、ルキウスがいるのは裏手にある訓練場らしい。
すっかり内部に興味津々な私は目だけを動かしてあれこれ見学していたのだけれど、目的地に近づくにつれ、構造よりも人に目がいくようになってきた。
「あ、あの、ジュニー様……。彼らは医務室などにお連れしなくて、大丈夫なのでしょうか」
私の視線の先には、廊下にもたれかかり俯く数人の隊員が。
ジュニーは一瞥もせずに、
「あー、放っておいていいですよ。体力切れなだけで、ヤバい傷があるわけじゃないんで。隊長、その辺の加減も完璧なんですよねえ」
つまり、この人たちはルキウスの被害者ってこと。
(ルキウスったら、どれだけ暴れまわってるのよ!?)
思い返せば一度たりとも、ルキウスの実戦姿を見たことがない。
“黒騎士”と称賛される実力だって、誰かが語るのを耳にしているだけ。
(ルキウスって、本当に強かったのね……)
初めてみる予想以上の被害っぷりに、彼の特出した能力を実感していた刹那、
「ジュニーいいいいいふくたいちょううううううう!!!!!」
薄暗い廊下から、とある隊員が泣きながらジュニーに駆け寄ってきた。
かと思うと、
「副隊長!? 戻られたのですね!!?」
「ということはそちらが例の……!!」
「その通り。オレ達の最後の希望、マリエッタ様です!」
「えっ? そんな……」
仰々しい物言いに、大げさな、と言おうとした次の瞬間。
「うあああありがとうございます!! お願いします! どうか俺達をお助けください!!」
「隊長を!! ルキウス隊長を止めてください……っ!!」
「もう俺達にはマリエッタ様しかいないのです!!!!」
号泣する大の男たちがわらわらと集まり、私の足元で膝を折る。
おまけに揃いも揃って、あちこちがボロボロだ。
(たしか騎士団の制服って、強化魔法がかけられていたような……)
「ええっと、皆さま、落ち着いて……っ」
「ねえ、僕との訓練をサボって、いったい何の騒ぎで――?」
届いた声に、顔を跳ね向ける。
「ルキウス……!」
「マリエッタ……?」
信じられない、といったようにして固まっていたルキウスが、ふらりと私に向かって歩きだす。
「どうしてキミが、こんなところに」
「オレがお連れしたんですー。このままじゃ隊員皆で仲良く一晩お泊りコースだったんで」
「さすがに夜まで訓練はしないよ?」
「体力切れで動けないってんですよ!! ったく、紫焔獣が出たって時に隊員全員使いモノになりませんじゃ、シャレになりませんからね」
「僕が動ければ問題ないでしょ」
「大ありですよお! それこそ隊長が一人で突っ込んでいって怪我でもされちゃあ、その後の兵力が大幅に下がっちまうんですから! 怪我! 駄目絶対!!」
(なんだかジュニーが可哀想になってきたわね……)
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