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昨日も感じたことだが、王都ティゼミアはイスティエスタ以上に広い土地だ。1日で王都全体を歩いて見て回ることなどできないだろう。時間を掛けてじっくりと見て回ろう。
さて、私の所持金なのだが、既に金貨だけで215枚ある。
まぁ、そのほとんどがワイバーンの素材とイスティエスタの職人ギルドからの謝礼金なのだが、冒険者としての活動で得た資金であるのは間違いない。
これだけの資金があれば、大量の調味料や加工食品だけでなく家の皆のためのお土産だって十分に購入できる筈だ。
購入した物は『収納』に仕舞っておけば、時間の経過などで腐敗や損壊する恐れも無い。
あの空間はどういうわけか、今私達がいる空間とは時間の流れが違うのだ。
この仕様は、人間達が扱う『格納』でも変わらない。
尤も、私や家の皆が使用する『収納』の方が時間の流れが緩やかなため、より長い時間収納物を保存しておけるのだが。
それでは、皆のお土産を見て回るとしようか。最初は誰のお土産にしようか?
馬車での移動中にあの子達にも伝えたが、ラビックやフレミーには既に個別にお土産になりそうなものは購入してある。
戦うことが好きなラビックには武術の本を、自らの糸で布を織り私の衣服や寝床をくるむための布を作ってくれているフレミーには人間達の高級な布生地を。
では、他の子達は何を求めているのか。
レイブランとヤタールは食い意地が張っているが、あの娘達は光物が特に好きだから宝石店で装飾品を見繕ってみよう。
ついでに私も何点か装飾品を見ておこう。私は私で光物が好きなのだ。あまり派手なのは好まないが。
ウルミラは…何か面白いものがほしいと言っていたな…。多分、あの娘自身もどういう物を求めているのか自分で良く分かっていないのだろう。
だから、あの娘には玩具の魔術具を用意しようと思っている。
1つ問題があるとしたら、ウルミラはあれでとても力が強い娘だ。遊ぶのに夢中になって、うっかり玩具を壊してしまわないかが気がかりだな。
勿論、ウルミラに与える玩具には『不懐』を掛けておくつもりではあるのだが、魔術の効果というのは魔力が切れると効果を失うものだ。
あの娘が遊んでいる最中に玩具に掛けた魔力が切れて、それに気づかずに遊び続けていたら…。
うん、がっかりしたあの娘の表情が目に浮かぶな。
玩具を購入するのは良いとして、しっかりとその構造や仕組みを解析して私でも作れるようになっておこう。必要な素材も購入できるのなら尚のこと良しだ。
で、ホーディとゴドファンス。あの子達は2体とも酒を所望していた。
酒自体は既にイスティエスタで幾らか購入してはいるのだが、一応は皆で飲むように購入したものだ。個別のお土産としてではない。
フレミーが案内してくれた楽園に出来る酒は2体には酒精が強すぎるとのことだったし、程々の酒精を持った酒をできるだけ沢山、2体用に個別に買ってあげよう。
『通話《コール》』であの子達と会話をしていた時は酒のことで珍しくフレミーが声を荒げていたんだよなぁ…。フレミーの並々ならぬ酒へのこだわりを感じずにはいられない。
購入する酒の酒精の強さは、あの騎士団長が所有していた酒と同等ぐらいで良いだろう。あの酒はホーディもゴドファンスも気に入っていたみたいだからな。
探す品物は決まった。では、何処から見て回ろうか?
いざ探そうとなると、これはこれで迷うな。
やはりここは現在地から近い場所から見て回るのが良いかな?
こういう時、王都全体を分かり易く示してくれる地図があれば良いのだが、残念ながら今のところ見かけてはいない。
うん、分からないことは知っている者に聞こう。先程、街を巡回している騎士を見かけたので、彼に聞くとしよう。
「こんにちは。ちょっと場所を訪ねたいのだけど、今、大丈夫かな?」
「はい、こんにちは。問題ありませんよ?どういった場所をお求めですか?」
「装飾品も扱っている宝石店、魔術具を扱っている店、それから酒屋。現在地から近い場所順に見て回ろうと思っているよ」
「なるほど、分かりました。それでは、魔術具店、酒屋、宝石店の順に回ると良いでしょう。少々魔術具店が入り組んだ場所にあるので、簡単な地図を用意できればいいのですが…」
ああ、これは口頭で説明しようとするとかなり長くなってしまうやつだな。
あまり煩わせるものでもないし、それぐらいは私が用意しよう。
『我地也《ガジヤ》』を使用して炭素でできた細い棒との薄い軽銀製の板を用意する。その板に『収納』から取り出した紙を乗せて騎士に手渡す。
受け取りながらも騎士は驚愕に満ちた表所をしていた。
「手間かもしれないけど、その紙にざっくりとで良いから記入してもらっても良いかな?」
「い、今の魔術はっ!?そ、そうか…。昨日マックスが言っていた竜人《ドラグナム》の女性とは、貴女のことでしたか。分かりました。少々お時間を頂きます」
私の魔術に驚いていたようだが、果たしてそれはどちらに対してかな?
いや、考えるまでもないか。間違いなく『我地也』に驚いたのだろう。マックスに『収納』を見せても、ここまでは驚かなかったからな。
軽貨の素材となる金属と違って、軽銀はそこそこ高価な物質だ。何のことも無く地面から魔術で出現させていい素材では無かったかもしれないな。
おっと、騎士が内容を記入し終えたようだ。紙と軽銀板を受け取ろう。
「お待たせしました。現在地から目的地までのそれぞれの位置と向かい方を簡潔に記入しておきましたので参考にして下さい。王都には至る場所で我々巡回騎士が街を巡回しています。もし道に迷ってしまわれたのでしたら、心置きなく我々にお声がけください」
「親切にどうもありがとう。それなら、王都で分からないことがあったら、遠慮なく声を掛けさせてもらうよ」
受け取った紙を確認してみれば、簡素ではあるが、王都の街並みと現在地、そして3つの目的地が記されていて、更に丁寧な事に目的地までの道順まで記入してくれている。
まさに至れり尽くせりだな。ここまでの案内ができるということは、目の前の騎士には街の構造が完璧に頭の中に入っているということだ。騎士というのは、本当に優秀な者達にしか就けない役職なのだな。
昨日私に”白い顔の青本亭”を紹介してくれた騎士マックスもそうだったが、やはり街中を巡回している騎士は非常に礼儀正しい人物だな。こういう対応を否応なくできる人物というのは、異性から好意を寄せられやすいんじゃないだろうか?
ブライアンがマックスに対して騎士はモテると言っていた言葉が現実味を帯びてきた気がする。
簡易地図を受け取り巡回騎士に礼を述べて早速魔術具店へと向かおうとしたのだが、巡回騎士はまだ私に話があるようだ。
「あの、差し出がましいことかもしれませんが、先程の軽銀を生み出した魔術なのですが…」
「やっぱり、おいそれと他人に見せて良い物じゃなかったかな?軽銀も銀や金ほどじゃないとはいえ、それなりに高価な金属だからね」
「ええ、その、失礼ながら”中級《インター》”冒険者のノアさんとお見受けいたしますが、貴女のことを欲の強い貴族が知った場合、その希少魔術や貴女自身を求めて貴女を拘束する可能性が非常に高いです」
やっぱりかぁ…。これは、やってしまったなぁ…。
お土産を渡した時の皆の反応を思い浮かべて、随分と浮かれていたらしい。
今後は気を付けるとして、現状をどうするか、だな。
まずは今更かもしれないが会話を聞かれないようにしておこう。
騎士に気付かれないようにこっそりと私達と周囲に私の魔力で幕を張り、その膜に『停滞』の意思を乗せた。
『静寂』を使用した場合、膜の部分だけが静かになるだけで防音にはならないからな。かと言って私達に『静寂』を掛ければ今度は声が出なくなってしまい会話ができない。
だから『停滞』にしたのだ。
これで空気の振動が魔力の幕に触れた際に停止して、周囲の者は私達の会話は聞き取れない筈だ。当然、外部からの音も入ってこなくなってはいるが。
幸いなことに騎士は周囲の音が消えた状況に驚きはしたものの、あまり気にしないことにしたようだ。騎士にとっても都合が良いのだろう。
「だろうねぇ…。鉱石どころか、精製された金属そのものを生み出せる魔術なんて、喉から手が出るほどに手に入れたくなる筈だ。済まない、軽率だったよ。やるなら石板にするべきだった」
「あの、まさかその魔術は軽銀以外も…。いえ、今のは聞かなかったことにして下さい」
「騎士に報告の義務があると言うのなら、本当に申し訳ないことをしてしまったね。一応、証拠は消しておこう」
『我地也』で作った軽銀板を地面に置き、物質の増減効果を利用して接地している軽銀板を消去させる。これはこれで驚かせてしまうだろうが、少なくとも証拠は消えた。
ついでに極小規模の『石壁《ストーンウォール》』で薄い石板を創っておこう。
「あー、簡易地図を記入する際に下に敷いた板はコレを使ったことにしてもらって良いかな?多分、その方がお互いのためになると思うんだ」
「ふう…。軽く耳にしてはいましたが、本当に規格外ですね…。目の前で起きた出来事の筈なのに、夢でも見ていたのかと思えてきてしまいますよ。報告書にはノアさんが要求した通りの報告書を用意しましょう。ですが、信頼する上官に対しては正確に報告させていただきますよ?」
「それが騎士の義務なんだね?了承するよ。元はと言えば私の軽率さが招いたことだ。今後は注意するとも」
「お願いします。それでは、引き続き王都観光をお楽しみください」
自分から厄介事の種をまいてしまった気がしてならないが、過ぎてしまったことを悔やんでしまっても仕方が無い。反省して今後同じようなやらかしをしないようにしておこう。
そして、万が一今の巡回騎士とのやり取りが欲深い貴族の耳に入ってしまった場合の対策も考えておかないとな。
とにかく、移動しようか。渡された簡易地図に従って移動して行けば最初の目的地である魔術具店に到着するはずだ。
地図に従い歩くこと15分。特に問題も無く目的地である魔術具店に到着した。
騎士が言っていた通り、本当に入り組んだ道に店を構えられていたので、この道で本当にあっているのかと疑いながら歩いたものだ。
店の入り口を見てみれば、ちゃんと営業中のようだ。その割には窓からは中の様子が何も見えないのが気になるのだが、店の中はどうなっているのだろうか?
私には光が強かろうが光が届かない場所であろうが正確に周囲の環境を目視できるが、人間はそうはいかないだろうからな。
照明の1つでも灯されていればいいのだが…。
入り口の扉には鈴が取り付けられていて、扉を開けると透き通った鈴の音が鳴り響いて客の来店を店の内部へと伝えていく。
意を決して店の中に入れってみれば、店の中は真っ暗というわけでは無かったが、やはりやや薄暗い状態だった。
これでちゃんと店の者は店の状態が理解できているのだろうか?
鈴の音に気付いたのか、店員が暗い声色で来客者である私を歓迎してくれた。
「いぃ~っひっひっひっ!いらっしゃ~い。どんなものをお求めかなぁ~?」
「その口調は役作りの一環かな?申し訳ないけど、正直言って貴女には似合っているとは思えないよ?」
私を出迎えてくれたのは矮人《ペティーム》の女性だ。明らかにサイズの合っていない黒いローブを着込んで、室内だと言うのに黒い三角帽をかぶっている。此方もまたローブと同じく彼女のサイズと合っておらずブカブカだ。
庸人《ヒュムス》や獣人《ビースター》の老婆が今の彼女の格好をして先程の口調で出迎えれば、娯楽小説などに登場する”魔女”のように拍があるのかもしれないが、目の前の女性が行ったとしても周りからは微笑ましい目で見られるだけのような気がする。
私の指摘に矮人の女性は口をとがらせて不満を述べる。
「なんだいなんだい!入って来るなりいきなりイチャモンかいっ!?”魔女”って言ったらこういう不気味な笑い声が定番ってもんだろっ!?」
「あくまでも架空の”魔女”ならね。実際の”魔女”は違うだろう?」
そう。この星には実際に”魔女”という種族が存在する。
と言っても、その生態はかなり独自なものとなるのだが。
更に言ってしまえば、”女”という文字が種族名に入ってはいるが、ちゃんと少数ではあるが男性も存在している。
“魔女”とは、あくまでも種族名であり、役職では無いのだ。
その始まりはアドモゼス歴が始まるよりも更に過去まで話が遡るし、私もまだ全容を知っているわけでは無いので、ここでは詳しい説明を省かせてもらう。
とにかく、大事なのは実際の魔女は娯楽小説や児童用の絵本などに出てくる黒いローブを着た老婆ではない、ということだ。
「ええ~。だってアタイが読んだ魔女の本って、みんなこんな格好をした婆ちゃんだったよ!?っていうか、魔女って実際にいるのかいっ!?」
目の前の彼女、一応、魔術具店の店員なんだよな?なぜ魔女が実在していることを知らないんだ?
貴女の店で取り扱っている魔術具の原点も、魔女が作り出した物だぞ?
「貴女が読んだ本というのは、『空飛ぶ箒の運び屋さん』とか『森の薬屋さん』とか、『美味そうなおうち』だったりする?それらは全て架空の物語だろう?」
「そうそう!なんだいアンタ、詳しいじゃないか!?アンタも魔女が好きだったりするのかい!?」
「魔女が、というよりも読書が好きなんだよ。だから小説や絵本以外にも、真剣に魔女について考察した本なんかにも目を通しているんだ」
「ほへぇ~っ。アンタ、学者さんか何かなのかい!?あぁ、でも学者さんは小説や絵本は読まないか!」
彼女は随分と偏見を持つ人物のようだな。
むしろ、専門家なら関係する知識を集めるために率先して小説や絵本にも目を通すものだと思うのだが…。
今する話じゃないな。彼女と話をしていると、どんどん話が脱線してしまいそうな気がする。
「ただの読書好きな冒険者だよ。ここには魔術具を買いに来たんだ」
「読書好きの冒険者はただの冒険者じゃないだろ。アンタも随分と変わったヤツだね!でも、面白いヤツは大歓迎だよ!アタイはピリカってんだ!よろしくな!で、アンタは?」
「私はノア。よろしく。早速だけど、店の中を見て回っても良いかな?」
「おう!全部アタイが作った自慢の品だよ!じっくり見てってくれよな!」
この店にある魔術具は全て目の前の女性、ピリカが作ったのか。どの品も一目見ただけでも精巧に作られた作品だと言うのが分かる。
彼女は魔術具の製作に強い情熱を持っているようだ。
「手に持ってみても良いかな?」
「ガラスの棚に入ってるヤツじゃなければ良いぞ!その辺のはちょっとやそっとのことで壊れちまうようには作ってないからな!」
では、遠慮なく見させてもらおう。
凄いな。どれも非常に出来が良い。
魔術具の本を読んだことで魔術具の仕組みや作り方は頭の中に入ってはいるが、だからこそこの店に置かれている商品達が一級品の出来栄えであることが良く分かる。
魔女についての知識は少々問題のあるピリカではあるが、魔術具製作の腕前はまさしく一流と言って良いだろう。この店を教えてくれた騎士にも感謝だな。
店内に陳列されている魔術具の種類は多種多様だ。
料理用に火を起こすための小さな魔術具があれば、筒のような容器の中にある複数の鋭利な刃を高速回転させて食材を細かく切り刻むような魔術具もある。
他にも、大きな箱に衣類を入れた後は、箱の中身が自動で回転して衣類を洗濯してくれるという便利な魔術具や、溜まった埃や小さなゴミを吸引して掃除をする魔術具もあった。
この辺りは生活を便利にするための魔術具だな。どれも一家に一つは欲しいと思えるような品々だ。
ただ、値段を見ればほとんどが金貨が数枚は軽く飛ぶような値段だ。一番安い火を起こすための魔術具ですら、銀貨10枚するようだ。
基本的に、魔術具自体が高価なのだろう。これは一般市民が手にするのは非常に難しいだろう。
店に置かれているのは家庭用品だけではない。しっかりと冒険者用の魔術具も設けてある。
魔術具に予め魔術を記憶させておき、魔力を込めて『発動句《キーワード》』を発声するだけで記憶させた魔術を使用できる魔術具が多いな。
ただ、その形状が様々だ。人の背丈ほどもある杖の形状をした物もあれば、指輪の形状をしている物もある。
値段も実にバラバラだ。高価なものほどより小さく、複数の魔術を発動できるようになっているようだ。
非常に便利だが、それ故に極めて高価だ。最も安い物ですら金貨5枚もする。
しかも、これらには使用回数に制限があり、使い切ってしまうと破損して使い物にならなくなってしまうのだ。つまり、使い捨てである。
流石に2、3回で壊れてしまうわけでは無いが、それでも消耗品であることには変わりは無い。
冒険者の報酬が高額でも、冒険者に裕福な暮らしをしている者が少ない理由の1つだな。ランク相応の装備や道具を用意するとなると、出費が凄まじいことになっていくのだ。
さて、家庭用、冒険者用の魔術具は十分に楽しめたし、そろそろ魔術具の玩具を探すとしよう。
今のところ見当たらないが、この店に置いてあるのかな?
うん、本人に聞けばいいか。
「ピリカ。この店に玩具って置いてあるかな?全部見たわけでは無いけど、今のところ見当たらなくてね」
私が玩具の有無をピリカに訊ねると、彼女はカウンターから私の元まで飛び跳ねて来た。その瞳は爛々と輝いている。
「アンタッ!玩具を求めてこの店に来たのかいっ!?それならそうと早く言ってくれよな!?こっちだよ!アタイの自慢の品の数々を紹介してやるぜっ!」
どうやら玩具は専用の部屋に設けてあるらしい。彼女が最も力を入れて製作しているのが玩具、ということか。
お土産選びには時間が掛かりそうだな。