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女性の部屋は一見すると、ごくごく普通の一人暮らしの部屋だ。
だが、ソファーのクッションは無造作にひっくり返されており、タンスの引き出しは半開き、床には衣類が散乱している。見事なまでにスマホを探した痕跡が残っていた。
「男が居なくて良かったな」
綺麗好きな愛華に取ってはこのあまりに散らかっている部屋を先ずは徹底的に掃除したい所だが、流石に他人の部屋を勝手に掃除するわけにも行かず、苦笑いを浮かべた。
鈴華はベッドの周りをクルクルと回り始めている。
「ん〜、ぱっと見、どこにも無いね〜」
鈴華はそう無邪気に言いながら容赦無くベッドの下や枕の下、布団の中まで覗く。だが、その一連の動作には一切の無駄が無い。
陸華はリュックのポケットからメモ帳とペンを取り出し女性に尋ねる。
「では、改めて状況をお聞かせください。昨夜、スマホを置いた場所、そして今朝、それが無かった時の状況を、詳細にお願いします」
三人のイヤホンからは「その部屋からスマホの物と見られる電波が発せられている。頑張って探せ〜」と彼氏から依頼優先と言われてしまった共華の人任せにも程がある声が聞こえる。
女性は陸華の問いに必死になって答えようとする。
「確か、昨日は、お風呂に入った後、パジャマに着替えて、そのままベッドに飛び込んだんです。スマホはいつも通り、枕元の棚に置いて充電していました」
女性は記憶を手繰り寄せるようにベッドの方に目をやる。
「そこまではいつものルーティンなんですけど、普段はその後SNSや動画を見て…そのまま寝るんですけど、昨日は何故か凄く眠くて…………」
女性は一度そこで言葉を切った。
「たぶん、そのまま直ぐに寝ちゃったんだと思うんです。朝、スマホのアラームで起きるはずが、スマホが無くって、!そのまま寝過ごして、目が覚めたときはもう、お昼で」
女性は、スマホを無くしてしまった焦りと同時に、寝過ごした事への罪悪感もあるようだ。
その後も陸華は女性に細かな質問を重ねてゆく。その間に鈴華はクッションの間や家具の隙間まで容赦無く手を伸ばして調べ、愛華は部屋の隅から隅まで視線を走らせる。
すると、イヤホンから冷静な共華の声が聞こえてきた。
「電波反応が極端に低い。外部からの干渉を受けている。まるで、低温環境にあるようだ」
共華の言葉に愛華達は手を止めた。
「低温、環境…?」
陸華は不思議そうに首を傾げる。
スマホの紛失で電波が低温環境にあるなんて、普通は考えられないからだ。
「冷蔵庫か」
愛華はそう呟いて、ある種の確信を得たかのように部屋の片隅にある冷蔵庫に向かって歩き出す。
「え、冷蔵庫?!そんなまさか」
女性は愛華の言葉に驚きと困惑を隠せないようだ。
人間の常識では、スマホが冷蔵庫にあるなんて常識外だ。だが、ドールの思考回路は人間のそれとは少し違ってくる。
「試してみる価値は有るっしょ」
なんて軽いノリで鈴華は冷蔵庫を勢い良く開ける。
冷蔵庫の中には牛乳や卵、調味料、その他諸々が整然と並んでいる。
その中に一つ、一際異彩を放つそれが有った。
牛乳パックの隣にひっそりと、しかし確実に、女性のスマホが鎮座していた。
「あ…有った……」
女性の声は何故か震えている。
「ふむ、矢張りそうか」
愛華は納得したように頷き、驚いて固まっている鈴華を素通りしてスマホを取り出す。
「まさか……そんな……」
女性の顔はみるみる紅くなってゆく。散々探した挙句、依頼までしたというのに、冷蔵庫の中に有るという、何とも恥ずかしい状況なのだから、仕方が無い。
「にしても、姉さん。スマホが冷蔵庫にあるっていつ気付いたの?」
帰宅途中、鈴華が愛華に尋ねた。
「鈴華があれ程ソファーやベッドを調べて無いなら別の所か、と考えているとな、よく寝ぼけて冷蔵庫にスマホを入れていた友を思い出してな。まさかとは思ったが、」
「まぁ、どちらにせよ、共華の一言が決め手だな」
愛華は夕陽を眺めながら、遠い昔を思い出すようにそう語った。
これで無事に、【緊急依頼:スマホの神隠し】は、解決されたのだった。