コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
木々がざわめき、空が泣いていた。
曇天の帳は陽を閉ざし、風は止み
ただ地を這うような熱気が
広場をじわりと包んでいた。
その中心に、焔があった。
黒に近い紅蓮の炎。
それは、かつて
〝救い〟と呼ばれたはずの神聖なる光。
それが今や
〝絶望〟として、地を焦がし、人を焼き
命を喰らう獣と成り果てていた。
不死鳥──
かつて光を齎し
この世の均衡を保ち続けてきた神性は
今まさに完全顕現の姿を取り
女皇帝アリアの背にも
その巨大な両翼を広げていた。
その翼から滴る焔は
慈しみではなく、破滅の色。
地を滑るように流れ
花を、樹を、家を、そして人を──
魔女を──
容赦なく焼き尽くしていく。
「アリア様⋯⋯何故ですか⋯⋯っ!」
声が、響いた。
胸を裂くような叫びだった。
その声の主は、ローゼリア。
植物の一族の長として
魔女の大地を育て続けてきた少女。
大地の娘と謳われ
緑の精霊たちと心を交わしてきた
柔らかな存在。
彼女は今、焔に包まれた森の只中で
焼き尽くされる同胞の叫びを
歯を食いしばりながら聞いていた。
アリアの姿が、炎の奥に見えた。
その背には
女王としての威厳ではなく──
神を宿す者の〝狂気〟が、透けていた。
「御心をお鎮めくださいませ!
アリア様あああああっ!!」
ローゼリアは、咆哮するように叫ぶと
その小さな手を大地に向けて振りかざした。
その瞬間、大地が唸った。
応じるように、草木が覚醒する。
根が、幹が、枝が、蔓が
怒れる獣のように揺れ
ざわめき、牙を剥いた。
大量の蔓が空を裂く。
毒を宿した花弁が吹雪のように舞い
大樹の枝は鋼の矢となって降り注ぐ。
それはもはや一個人の能力ではない。
森そのものが
ローゼリアと共に怒りに打ち震えていた。
けれど──
炎は、その全てを受け止めた。
アリアの背後に現れた不死鳥は
ゆるやかに、だが確実に、両翼を広げると
瞬間──世界が〝燃え尽きた〟
焔が、空気を切り裂き、風を殺し
あらゆる生命の〝緑〟を
赤黒い塵へと変えていく。
生きていたはずの草木が
悲鳴すら上げられずに消え
怒りと悲しみの全てを背負って立っていた
ローゼリアの足元の地までも
炭となって崩れていった。
「すまない⋯⋯すまない⋯⋯っ
私を赦すな⋯⋯ローゼリア⋯⋯!」
アリアの声が漏れる。
それはもう〝命令する者〟の声ではなかった
─ただの、少女の
懺悔の囁きだった─
その瞳からは、再び血の涙が零れ
頬を伝い
焼け落ちた花々の上にこぼれ落ちる。
しかし、赦しはなかった。
ローゼリアの身体が
不死鳥の影の中へと引き摺られていったのだ
その影は、もはや〝神〟ではなかった。
ゆっくりと、嬲るように。
脚から、胸から、腕から
不死鳥はその身体を啄む。
牙などないはずの嘴が
肉を切り裂き、骨を砕き
臓腑を暴き出すように
いやらしく
滑るように彼女の身体を蝕んでいく。
「⋯⋯あっ⋯⋯あ⋯⋯あぁ⋯⋯
アリ⋯⋯ア、さ⋯⋯ま⋯⋯」
微かに、ローゼリアの唇が、動く。
赤く濡れたその唇は
愛する女王の名を
最後の祈りのように呼ぼうとしていた。
だが、その声は
咽に熱を流し込まれ、断ち切られた。
魂が引き裂かれていく。
不死鳥は、その劫火のうちに
〝魂〟の座を啄んでいた。
転生の糸を断ち切るように
魂の〝核〟を一枚一枚剥ぎ取り
苦痛と共に喰らっていく。
それは、一瞬の死ではなかった。
むしろ、永遠を感じるほどに残酷に
遅く、細やかで
あまりにも〝丁寧〟な摘み取りだった。
ローゼリアの走馬燈が焼かれていく。
彼女が育てた草木たち
微笑んでくれた姉たち
風と踊った日々
そして──アリアへの、憧れ。
すべてが、不死鳥の紅蓮に喰われていく。
それはまるで
〝絶望の為の贄〟のようだった。
アリアは、震えていた。
足が動かない。
手も伸ばせない。
見てはならぬものを、見てしまったような
己の中の神が
自らの意思で獣と成り果てたことを──
気付いているのに
否認しようとしていた。
ローゼリアの血が、空から降った。
噴き出したそれは、蒼い空ではなく
アリアの頭上にのみ
沈黙の雨のように降り注いでいく。
それはまるで──
赦されざる女王に与えられた、絶望の洗礼。
そして、不死鳥の嘴の奥
最後にその〝光〟までもが
何かを笑うように赤黒く歪んだ。
──終わりの始まりは
すでに、ここにあった。