「ロマーノー、フェリちゃーん!ご飯出来たでー!」
園庭で遊ぶ2人に、アントーニョはベランダから声を掛ける。満面の笑みを浮かべた2人は、家の中へと戻っていった。家の中に入れば、美味しそうなパスタの匂いと、トマトソースの匂いが腹の虫を喜ばせる。手を洗った2人は清潔に整えられたテーブルに座り手を合わせる。そこにはミートスパゲッティが美味しそうに湯気を立てていた。
「『「いただきまーす!」』」
円満な食卓には、3人の元気な声が響いた。
「美味しい?」
「うん!Buonoだよアントーニョ兄ちゃん」
『不味くはねぇんじゃねぇの』
「もぉ、兄ちゃん。美味しいなら美味しいっていいなよ」
『………美味いぞコノヤロー…』
「はああぁぁ…親分幸せやわぁ、!こんな天使な子分達と暮らせて幸せ者やんなぁ」
『ちぎー!俺は子分じゃねぇ!子分様だ!』
「違いあんまなくない?」
『ありまくりだちくしょー』
拾われの身だった。
森の奥に1人。たまたまその日は調子が悪く、狙ったクマに襲われ、怪我をした日のことだ。洞窟に縮こまっていると、この2人が助けてくれた。俺は魔人だからすぐ治る。早く行かねぇと食っちまうぞ。と言う俺の脅しも、お人好しな2人には効かなかった。2人は魔人の俺に傷の処置をしてくれた。美味しいご飯も出してくれた。泣きながら食べる俺に、優しく頭を撫でてくれた事は、今でも覚えている。
多分、こいつらに会わなかったら俺は優しさを知らずに生きていたと思う。ご飯の美味しさも、人といる楽しさも、温かい存在も、全部教えてくれたのは、紛れもないヴェネチアーノとアントーニョの2人だった。そんな円満な生活がいつまでも続けばいいな。なんてずっと思っていた。
だけど、満月のあの日の夜、幸せが壊れる音がした。
「っ…はぁ……だいぶまずいんちゃう、これ、」
家にコウモリの悪魔が攻め込んできたのだ。
不意打ちの攻撃で、俺達を庇ったアントーニョは負傷。肩はもう上がらないだろう。なんとか一時的に身を潜めた俺達は、家の裏にある茂みから一目散にそこを離れた。が、足音に気付かれてしまったのか、コウモリの悪魔は俺達の後を追ってきた。
「ねぇ、!!アントーニョ兄ちゃんっ!!待ってよ!!なんで、ねぇ!!一緒に逃げようよ!!」
「馬鹿やんなぁ……親分久しぶりに頑張ってんねん…最後の頼みぐらい、聞いてくれへん…?」
「やだ…やだよそんな!!最後なんて言わないでよ、!!俺もここに残るっ、!!アントーニョ兄ちゃんと、一緒に戦うから!!」
「……はは、親分勇敢な子分もって嬉しいわ…。でもな、フェリちゃん。親分は子分が危険な目に遭うのが、1番嫌やねん……やから、な?」
「やだ……絶対、やだ……」
『っ……』
何も言えなかった。俺のせいだから。
俺は魔人であり野獣の悪魔だ。他の悪魔が俺のところに寄って来ることは、珍しい事ではなかった。2人が危険な目に遭わないように、不安な思いをしないように、今までは俺1人で駆除してきたのだ。そんな強い悪魔ではなかったし。でも、今思えば、このことを秘密にしていた事が駄目だったのかもしれない。
「ロマーノ、フェリちゃん連れて逃げてくれへん……?心配せんくても、あとで追いつくから…な、?」
分かってた。多分コイツも、ヴェネチアーノも。そんな怪我で走れるわけがない。だからそんな泣いてんだよな。ヴェネチアーノ。
『………………行くぞ』
「え、や、やだ!離してよ兄ちゃんっ!!やだよ、アントーニョ兄ちゃん!俺も一緒に残るから!! 死んじゃやだ!!」
「ロマーノ、フェリちゃん頼むで、」
「……おう。…………その代わり、絶対死ぬんじゃねぇぞ』
「 当たり前やろ?なんたって、親分はロマーノ達の親分やからな」
眉を下げながら無理に笑う彼の笑顔が痛かった。彼に縋りすきながら泣き叫ぶヴェネチアーノを無理矢理担ぎ、無我夢中に走った。ヴェネチアーノの涙が自分の罪悪感を増やしていく。3人で作った夕食だって戻しそうになる。出来ることなら、許されることなら、俺もヴェネチアーノみたいに泣き叫びたい。それをぐっと堪え、走って。走って。走って、
着いたのは小さな村だった。
「……ぅっ、ぐす、…アントーニョ兄ちゃん……」
『ごめんな……ヴェネチアーノ…』
俺のせいなのだと、口が裂けても言えなかった。
ヴェネチアーノの精神も安定して、いつも通りのヘタレに戻った頃。住む場所を無くした俺等は、村に置かせてもらうことになった。最初は怖がられた俺だったが、ヴェネチアーノの説得と俺の働きの甲斐もあり、村の奴らは俺達を受け入れてくれた。
だけど、忘れられる訳じゃなかった。
どんなに美味しい飯を作ったって、どんなにふかふかな布団で寝たって、アイツのパスタはもう食べられない。アイツが戻って来る事もない。夜になると、ヴェネチアーノの部屋で毎晩すすり泣く声が聞こえてきた。
罪を忘れようとしていた自分に、嫌気が差す毎日だった。
『……なぁ、ヴェネチアーノ。今、幸せか?』
「? どうしたの兄ちゃん。俺は幸せだよ?ご飯も美味しいし、村の皆も優しいし」
嘘つき。
「兄ちゃんは?」
『……あぁ、幸せだ』
嘘つき。
「あ、そういえば、坂田のおじいちゃんの作るミートスパゲティ、アントーニョ兄ちゃんの作るパスタにソックリなんだぁ!今度2人で食べようよ!」
『…ん、そうだな』
ごめんな。
気付いた時には、村の中から足を踏み出していた。
『随分と手荒な真似してくれるじゃねぇか。俺の優しい優しい菊をよぉ』
『……』
太陽光で綺麗さを増す黄金色の髪を纏う彼が視界に入る。半透明だからか影は薄く、それでいて彼が光源のように輝くのが気に食わない。その彼をキリッと睨むが、嘲笑われるだけに終わった。それにしても、殴った手応えがあまりない。違和感を感じ手をグパグパさせると、それを察したかのように、彼は口を開いた。
『ったく、俺の力で守ってなかったら菊がどうなってたことか』
そういうことか。多分菊が言っていた友達の悪魔というのは、この男のことだろう。つまりコイツの名前はアーサーか。理解すると、倒れた菊が一瞬光ったような気がした。
『一瞬だけ強制変身させたから、菊はもうじき目を覚ますだろうよ。その間は、俺が相手してやる』
『……悪魔とやり合う気はねぇ。俺が欲しいのは人間だけだ』
『菊はやらねぇよ』
ポケットに手を突っ込みながら、見下すように話す彼が鼻につく。仕方がないと殴りかかろうとした時、家の方から騒音が聞こえた。
『随分と私を待たせたな……猛獣の悪魔よ……逃げたのかと思ったぞ』
『チッ…面倒な奴がまた…』
アーサーが舌打ちを向けたのは、家の屋根を破り、羽根を大きく広げたコウモリの悪魔だった。
『文句を言うんじゃねぇコノヤロー!俺もやっと外に出れたんだ!望み通り人間を連れてきたぞ!』
コウモリの悪魔は毛震いをさせ、屋根の上から平野へと飛び降りる。
『久しぶりの食事……!若い男か…精力の出る血を飲めそうだな…!』
コウモリは倒れ込む菊の所へ飛びだす。それにアーサーは反応しコウモリに手を向けるが、ロマーノの攻撃によって、手から放った攻撃は空へ吸い込まれた。
『お前の相手は俺っ、だ!』
『ふっ、ざけ!!』
コウモリは菊の元へ飛び降りると、胴体を手で持ち上げ、力強く握りしめた。
「ぐあっ…!?」
『菊!?』
流石の痛みに目を覚ませば、胴体が離れ離れになるような痛みに襲われた。止めようとアーサーが駆け寄るが、引っ付き虫のようにロマーノが攻撃を仕掛けてきて、なかなか助けようにも助けられない。
『この腕の傷を見ろ人間!貴様等につけられた傷、この私を隠れざるをえなくさせた、忌々しい傷だ!』
「知りっ…ませ、…」
『食事が吠えるな!』
『人間に刻まれた傷、人間の血で癒させて貰う…!』
さっきよりも強い力で握りしめられ、血が絞り出された。あまりの痛みに汚い悲鳴をあげるが、それすらもお構いなく、コウモリは菊の口から吐き出された血を啜る。
『ぬっ!不味い!?』
その途端、コウモリの悪魔は目をギョロリと回し、菊を放り投げた。
『不味い血でぇ!!復活してしまったではないかアアアアア!!』
コウモリは耳鳴りがするほどの奇声をあげた。放り投げられた菊を見て、怒りに狂いまくったアーサーは、動きが止まったロマーノを無視しコウモリに斬撃を入れる。が、弱体したアーサーが復活したコウモリに勝てる訳もなく、その斬撃は防がれてしまった。
なんとか身を起こした菊は、視点を前に向ける。すると、目の前には裏切ったロマーノが自分を見下ろしていた。
『よく俺の話を信用できたな。やっぱり人間は愚かだ』
そう見下すと、彼の視点はコウモリに移った。
『コウモリの悪魔!約束通り人間は連れてきたんだ!!アントーニョを返せ!!』
『ん〜?……あぁ。そういう話だったか!』
羽毛の中から取り出されたアントーニョは、ボロボロな姿で拘束されていた。コウモリはアントーニョが着ていた服の襟に爪を引っ掛け、彼を持ち上げると、自身の口より上にあげた。
「ロマ……ノ……」
『アントーニョ!!』
「逃………げ……」
『私に不味い血を持ってきた罰がまだだったな』
コウモリは、持ち上げたアントーニョをぺろりと一飲みにたいらげた。
『…………は、』
「おわっ!?すごい怪我やん!どうしたん自分、」
「ヴェ〜、ほんとだ…立てる?」
『……うるせぇ、俺は魔人だから、こんなんすぐ治るぞちくしょー』
「とは言ってもなぁ…俺 弱ってる子放っておけん主義なんや」
『…俺は魔人だっつったろ。早く行かねぇと食っちまうぞ』
「随分可愛らしい魔人さんやなぁ。ほら、強がりはいいでさっさと行こや」
『い、行かねぇって、!』
「大丈夫だよ。俺達は何もしないから。傷の手当てが済んだら、一緒にアントーニョ兄ちゃんのパスタたべよーよぉ!」
「お!いいなあそれ!」
『お、俺はまだ了承してねぇぞコノヤロー!』
「来たら、絶っ対了承して良かったってなるで!」
『、』
『なんだよそれ…笑』
『ぁ…ああ…ぁあ、…!』
『なん、だよ……それ、約束とちげぇぞ!!オイこのクソ悪魔っ!!なんで、!なんで、……返せよ、アントーニョ返せよ!!吐き出せよっ!!なぁ!なぁ、!お願いだ……ちくしょぉ、……』
コウモリの悪魔の前で、無様に崩れ落ちるロマーノを、痛む体に耐えながら見つめた。『いい気味だ、おい菊!今のうちに変身して…』と私の体を蘇生する彼には、なぜだか意識がいかなかった。いや、向く力も残って無かっただけなのかもしれない。
『……アーサーを、もう撫でれないって言ってたよな……』
堕落したロマーノは、涙で腫れた目でこちらを向く。
『お前の気持ちが分かった、こりゃ酷い気分だな』
そのままコウモリの悪魔に摘まれた彼は、アントーニョと同じよう、ぺろりと一飲みにたいらげられた。悪魔はゴクリと喉を鳴らすと、舌をヴェ、と出す。
『不味い!不味い血ばかりだ!!ぐうう……!』
『ああぁ!!口の中が気持ち悪いぞ…!子供の血でうがいしなければ!』
不味い不味いと抜かす血で全回復した悪魔は、そのまま都市の方へと飛び立った。
アーサーさんは変わらず私の蘇生を繰り返す。そりゃそうだ。悪魔にとって、人間の都市など微塵も興味は沸かないのだろう。
ふと、痛みが引いていく頭の中で、あの時の彼を思い出した。あの人にとってアントーニョさんは、自分のプライドを捨ててでも笑顔にさせたかった人だったのだろう。その証拠に、彼が食べられた時は泣き叫ぶほどだ。
「……アーサーさん、お願いが、あるんです…」
それを見て思った。私は大切な人のために、あれだけ必死になれるだろうか。フェリシアーノ君やルートさん、ギルベルトさんにイヴァンさん。アルフレッドさんやマシューさんと。そして、何よりアーサーさんも。いなくなったら悲しい人なんて沢山いるはずなのに、私は彼らがいなくなったら泣くのかと心配になってしまう。
「力を、貸してくださいませんか?」
きっと、そんな心配をしている時点で、それほどの気持ちだったのだろう。
「あの悪魔から……2人を取り戻したいのです、」
それとロマーノ君を比べたものなら、どうしても彼が眩しく見えて仕方がなかった。
『うがいをした後は前菜に生娘だな。スープは熟した健康な女。メインは肉付きの良い男。デザートは妊婦がいい…!』
そんな事をつらつら並べるコウモリは、遠くに見える黒い点に目を凝らした。自分に飛んでくる鳥だと思い、おつまみ程度に食そうと捕まえる為に黒い点に手を伸ばした。
が、瞬く間に伸ばした手は真っ二つに引き裂かれた。いきなり襲った痛感に悲鳴をあげ、何事かと影に視点を向ける。真っ二つに切られた手の隙間から見えるのは、光る抜き刀を構えた黒髪の人間だった。
「お二人を返してもらいます」
『この死に損ないがあ…!!』
人間で表す怒涛の青筋を立てたコウモリは、反対の手で菊を捕まえようとするが、一緒のうちに羽根の第1筋までスパッと切断された。拘束手段を失ったコウモリは、菊の蹴り技をモロにくらい、ビルまで吹っ飛ばされる。
羽根を失ったコウモリと、元々残り少ないアーサーの力を借りていた菊は、そのまま真下の住宅地へと真っ逆さまに落ちていった。
「…ひっ、」
「に、逃げてください!」
壊れた家の移住者に逃げるよう叫べば、一緒に落ちてきたコウモリは、痛む体を抑えながらこちらをギョロリと睨んだ。
『人を逃がしたアア……!?悪魔のクセに、何がしたいんだア……!?』
立ち上がるコウモリに対抗して、こちらも腹目掛け刀を断たせた。
「貴方の腹掻き切って、二人をお助けるんですよっ!」
『来るなアアァ!!!』そんな奇声と共に、コウモリの正拳突きが菊に向けられた。それを身軽に避け、凄い力で殴ったせいで地面に埋まったコウモリの拳から肩までを筋道のように切る。駆け上がって頭を切るイメージが見えたのなら、こちらのモノだ。愛刀に神経を削ぎ落とし、構えをとる。そすれば、コウモリの頭を斬り落としたと同時に、胴体すら真っ二つに割れた。
コメント
3件
やばい良すぎます...!!!鳥肌立ちすぎて鳥になりましたぁー!!!😭✨️ 涙腺崩壊...!😭💦しかも菊ちゃんカッコよすぎる...︎💕︎最高でした...😭︎💕︎
うおおお、、、 今回の話も泣けるわ 最高すぎる