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午後の会議が終わり、
人の気配が引いた休憩室は、少し広く感じられた。
長机の端に、あの段ボール箱がまだ置かれている。
「廃棄候補」の文字は、少しだけ滲んでいた。
桐島は箱の前に立ち、
中を覗き込んだ。
止まったままの置き時計。
欠けたマグカップ。
ロゴの古いクリアファイル。
どれも、数日前と変わらない。
日高が、遅れて入ってくる。
日高
「まだ、あるんですね」
桐島
「決裁が下りてない」
日高
「……そのままでもいい気がします」
桐島
「どうして」
日高
「要るとも、要らないとも、
まだ言ってないから」
桐島は、時計を手に取った。
針は動かない。
桐島
「止まってる事実は、変わらない」
日高
「でも、それだけですよね」
桐島
「それだけだ」
佐伯が、二人の会話に気づいて近づいてくる。
佐伯
「これ、どうなるんですか」
桐島
「処分される」
佐伯
「……寂しくないですか」
桐島
「寂しさは、残る」
日高
「じゃあ、やっぱり冷たいんじゃ——」
桐島
「冷たいけど、嘘じゃない」
佐伯は、しばらく箱の中を見つめた。
佐伯
「“要らない”って、
相手を消す言葉じゃないんですね」
桐島
「消さない」
日高
「ただ、関わらない」
桐島
「そう」
日高は、欠けたマグカップを一つ持ち上げた。
日高
「これ、持って帰ってもいいですか」
桐島
「要る?」
日高
「……分かりません」
桐島
「分からないなら、置いておけ」
日高は、少し笑った。
日高
「便利ですね、その基準」
桐島
「便利じゃない。
静かなだけだ」
三人は、しばらく黙ったまま立っていた。
やがて、桐島が箱の蓋を閉める。
桐島
「要らないって言葉は、
最後に使う」
日高
「最後?」
桐島
「欲しいも、要るも、
全部終わったあとに」
佐伯
「じゃあ、それまでは?」
桐島
「事実を見る」
時計は、相変わらず止まっている。
それでも、時間は進んでいる。
休憩室を出るとき、
誰も箱を持ち上げなかった。
要らないとも、要るとも、
まだ言わなかっただけだ。