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最近結葉ゆいは偉央いおが不在の日中に、家の電話が鳴るとビクッとするようになってしまった。


別に着信に関しては受け身なわけで、どこから掛かってこようと結葉ゆいはに責任はないのだけれど、受けた電話の内容によっては先日の琳奈りんなとの時みたいに結葉ゆいは自身も全くの無傷ではいられないことがあるからだ。


ひとえに相手から強く出られてしまうと押し切られてしまう自分の不甲斐なさが悪いのだけれど、ナンバーディスプレイに表示される番号が親族以外だとつい居留守を使いたくなってしまう。



***



偉央いおがマンションを出て道路を挟んだ向かいにある『みしょう動物病院』に出勤していくのは、診察開始時刻の九時より一時間前の八時ちょっと前。


結葉ゆいは、行ってくるね。――今日はどこにも出かける予定はなかったよね?」


偉央いおの見送りのために玄関先まで出た結葉ゆいはに軽く口付けて、偉央いおがそう確認を取ってくる。


「はい」


日がな一日、家事以外にこれといった予定はないけれど、このところぼんやりしていたら偉央いおの帰宅時刻が迫っていて慌てるということがままあるようになってしまった。


自分でも良くない気がするけれど、ではどうしたらいいかと考えるとこれといった対処法が思い浮かばない結葉ゆいはだ。


このままだと精神を病んでしまいそう、という懸念けねんは漠然とした不安として常に頭の片隅にあって。


「……あ、あのっ」


偉央いおが玄関扉を開けたところで、結葉ゆいはが思わず声を掛けてしまったのは、そういう曖昧模糊あいまいもことした恐怖心がピークに達してしまったからかも知れない。



***



出掛けに妻から呼び止められることなんて滅多にないから、少し怪訝けげんに感じてしまった偉央いおだ。


「ん? どうしたの?」


扉に手を掛けたまま、努めて優しく聞こえるよう気をつけながら問い掛けて、ゆっくりと結葉ゆいはを振り返った。


結葉ゆいはが、そんな偉央いおを見詰めながら恐る恐ると言った具合に口を開く。


「わ、私っ、今日は予定がないので実家に遊びに行って来たいなってんですけど……いいですか?」


まるで悪いことを思いついてしまったと言わんばかりの口振りでそう言った結葉ゆいはの顔に、「今日は誰かと一緒に過ごしたいんです」と書かれている気がした偉央いおだ。


結葉ゆいはが実家に遊びに行けば、仕事をしている彼女の父・茂雄しげおは無理だとしても、専業主婦の母・美鳥みどりには会えるだろう。



「人恋しくなっちゃった?」


偉央いおだって馬鹿じゃない。


基本家に閉じ込めてしまっている愛しい妻が、たまには自分以外の誰かと会話をしなければいずれ変調をきたしてしまうだろうことは想定の範囲内で。


結葉ゆいはを自分の思い通りになるよう支配したいし、実際そうしている偉央いおだけど、彼女のことを大切に思っているのは確かだったから。


結葉ゆいはを病ませてしまうことは、偉央にとっても本意ではない。



偉央いおを泣きそうな顔で見つめて来る結葉ゆいはをギュッと抱きしめると、

「昼休みに迎えに来るから。出られる様に支度したくしておいて?」

そう言って結葉ゆいはの額にやんわりとキスを落とす。


「お義母かあさんにもお昼過ぎに行きますってちゃんと電話しておくんだよ? せっかく行っても会えなかったら意味ないからね」


そっと結葉ゆいはの顔を覗き込めば、彼女が「電話」という単語にビクッと身体を震わせたのが分かって。


偉央いおは静かに


「それとも僕からお伝えしておこうか?」


と付け加えてみた。

途端、結葉ゆいはがすがる様な目で偉央いおを見上げて「お願い……できますか?」と声を震わせた。



***


偉央いおが出かけてすぐ、結葉ゆいはは気持ちを切り替えるように部屋に掃除機をかけ始めた。


本当ならお掃除ロボットがあって、設定さえしておけば勝手にある程度床掃除はしてくれるのだけれど、このところ何もしていないと気持ちが塞ぎがちな結葉ゆいはは、何となく手動で掃除をすることが増えている。


と、程なくして微かに電話の鳴る音が聞こえた気がして。


急いで掃除機のスイッチをオフにしてみたら、やはり電話のメロディ音が鳴り響いていた。


実は先日偉央いおにお願いして、親族からの着信のみ音だけですぐに分かるように『アヴェ・マリア』に設定変更してもらっていたから、この着信が家族の誰かからだというのはすぐに分かった結葉ゆいはだ。


着信音振り分けのおかげで、結葉ゆいはは音が鳴っただけで――少なくとも家族からの着信音には怯えなくて済むようになったのだけれど、メロディ着信はオーソドックスなコール音より若干聞き取りにくいという難点もあって。


「はーい、すぐ出ますっ」


コードレスのスティック型掃除機を床にそっと横たえてからいそいそと電話に向かえば、ナンバーディスプレイに表示されていたのは結葉ゆいはの実家の番号だった。


出がけに、偉央いお結葉ゆいはの実家へ連絡してくれると言っていたから、わざわざこちらにも折り返してくれたんだろうか?


(それにしてはちょっと早すぎない?)


偉央いおがマンションを後にして、まだ五分経つか経たないかだ。


そんなことを思いながら受話器を取り上げて、「もしもし?」と応答すると、相手は母・美鳥みどりだった。



『ゆいちゃん、いま平気? 火とか付けたままにしてない?』


料理中ではないか?と確認してくる美鳥みどりに、結葉ゆいはは「大丈夫だよ」と答える。


『そっか。ならいいんだけど……。あのね、ゆいちゃん、今日ってうちに来られたりする?』


聞かれて、やはりまだ偉央いおからの連絡は来ていなかったのね、と思った結葉ゆいはだ。


でも、だとしたらこんな朝早くから一体どうしたと言うんだろう?


何となく胸さわぎがしてしまうのは、結葉ゆいは自身が今現在情緒不安定だからだろうか?


偉央いおさんにはお母さんから連絡するから、ね?』


珍しくそんなことまで言って、結葉ゆいはを家に来させようとする母親に、結葉ゆいはの不安はますます膨らむばかり。


「あ、あのね、お母さん。実は今日、午後からそっちに遊びに行こうと思ってて……。偉央いおさんがお母さんに連絡してくれることになってたの」


何となくしどろもどろになりながらそこまで言ったら、美鳥みどりが驚いたように息を呑んだのが分かった。

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