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こむぎ
128
#一次創作
NaCl
5,511
レゴさんですよー!
7
この学校だけではなく、自分もおかしかった。
その真実を知ってしまった私は、ふらつく足取りで
部活見学へ向かった。
陸上は、やりたい。
昔から走ることが大好きだった。
全力で走りながら目を瞑ると、まるで自分も風になったようで、
辛かったことも悩みも、すべて忘れることが出来たから。
地域の小さな、子どものかけっこ大会のようなもので
小学校の頃に優勝したことがあった。
ちっぽけな称号だったけど、兄は喜んでくれてたっけ。
グラウンドに着くと、その一角に数人の生徒とA先生がいた。
確かA先生は、陸上部の顧問だった。
本当は北東先生の担当らしいが、北東先生は現在無断欠勤中だという。
それでA先生が駆り出されたのだろう。
その間、保健室が空になることだけが心配だが。
「アサさん、丁度いいところに。
今部活動見学の子に短距離走をさせようかと思って。
見てるより、やってもらった方が良いから。アサさんもどうかな」
「は、はい」
急に言われ、少し困惑しながらも首を縦に振る。
走ったら今日のことも、忘れられるだろうか。
200m走で、私のほかの1年生は3人だけ。
この中に経験者がいたら分からないが、多分わたしが一番速い。
ここからあそこのカラーコーンが置かれている場所まで。
先輩たちはそれぞれストップウォッチを持っている。
わたしたちの記録を計ってくれるらしい。
「それじゃ位置について、スタート」
A先生の掛け声は、リズムを掴めないのに加え、早かった。
走り出しに失敗する。ただし、私以外。
わたしだけはA先生の掛け声に乱されず、そのまま走り出した。
先輩たちの、称賛の声が口々に聞こえてきた。
きっと、A先生の掛け声のリズムを掴むのに苦労してきたからだろう。
…あの掛け声は、聞いたことがある。
一回だけじゃない。何度も何度も何度も聞いた。
独特なリズム、少しせっかち。
多分、自分はどんな素っ頓狂な掛け声をされても、
一切乱されずに走り出すことができるから、
他人に自分が始めの合図をするときも、リズムが独特なんだろう。
あれ、なんでこんなこと考えてるんだ?
誰にしてもらった掛け声だったか、もう忘れた。
今はそんなこと考えずに、ただ走ることに集中しよう。
目を閉じると、先輩の応援する声が聞こえた。
じきにそれは聞こえなくなって、風の音だけが耳を撫でる。
あと一歩、あと二歩踏み出せば。
そこはもうゴール。
「アサくんすごい!23.6秒だよ!経験者だよね!?
全国大会レベルだって!!淡本中は全国行けないけど!」
「あ、ありがとうございます」
「驚いた。君、速いんだ」
すっかりべた褒めムーブの先輩の後ろで、A先生がそう呟いた。
その視線はわたしの姿を焼き付けるように、ぴったり離れない。
まるで、懐かしいものを見るような目で。
「君の走り方、どこかで見たことある気がするよ。
始まった瞬間に、身体を前に倒して、最初の一歩二歩は控えめ。
三歩目から、一気に足を前に伸ばしてたね」
「はい…その方が、変調的な開始の合図にも対応できるので」
「ふぅん…私と君、ここに来る前にどこかで会ったことがあるのかな」
他の後輩を褒めに行った先輩をよそに、A先生はそう私に問いかけた。
…会ったことがない、はずだ。
タイプAについて、わたしは何も知らないから。
A先生は、前屈みになって私の顔をまじまじと見つめた。
近い。白い肌は綺麗だが、同時に狂気的な雰囲気を生み出している。
瞬間、ふわっと金木犀の香りが漂ってきた。
ああこの洗剤、良い匂いなんだよな。脳内に溢れ出した感想は、それ。
洗剤?わたしは何を考えているんだ。知らない。
頭が痛くなってきた。
記憶の断片と誰かが話したセリフが、字幕のように脳裏に浮かぶ。
ユニフォームの上に、紺色のジャージを羽織った兄が、
玄関で靴紐を結んでいる。
首から上は黒塗りされているようで、見えない。
”ぼく、今の夢も医者になることも、まだ諦めてないから”
帰ってきた兄の顔は暗く、目の下は腫れていた。
黒塗りは少し消え、黒くて少し癖がついた短髪が見える。
”ごめん■■、2位だったよ。優勝するって言ったのにな”
その後、急に映し出されたのは思い出したくない光景。
兄がたまに家に連れて来ていた友達。わたしもたまに話に混ぜてもらって、
楽しかったことを覚えている。
そんな兄の友達が、兄の首を絞めている。
隣に浮いているのは、目のようなオブジェクト。
黒塗りはさらに消え、少し垂れた目と長いまつ毛、
黒縁のメガネと泣きぼくろが見えた。
”いやだ、ごめんなさい、手が、手が”
泣きながら兄の首を絞めている、兄の友人。
それを隠れて見ているだけで、何もできない私。
友人相手に、本気の抵抗をすることができない兄。
黒塗りはすべて消え、兄の顔を思い出した。
”なんでこんなこと…なんで私は…なんで身体、言うこと聞かないの”
すすり泣く兄の友人…北と、
もうすでに息をしていないらしいわたしの兄。
アサヒ。
なぜ忘れていたのだろう、いや、忘れたかったのかもしれない。
子どものわたしには、あまりにショッキングな光景だったから。
ぼーっとしている私に、A先生が話しかけた。
「アサさん、どうかした?」
「……いえ、何でも」
できる限り笑顔で答えた。
でも本当は、お兄ちゃんって呼びたかったよ
ふたりの真実:
アサヒとアサ、”あ”と”A”。
散々関係性が匂わされてきた二人。
アサヒとアサは実の兄弟(兄妹)だった。
だがアサヒは北に殺害され、挙句彼の死体は勝手にどこかに回収され
彼をモデルにタイプAが作成された。
タイプAはオリジナルであるアサヒの記憶を引き継いでいない。
ただ少し”見覚えがある”というだけで、それ以上には発展できない。
もうアサヒはどこにもいない。
コメント
2件
やり遂げた…私は…やり遂げた… コピペ地獄、これにて終了って言いたいんだけど 特別編とかあるんよね 明日やる
読み終えました。第17話、すごく重い回でしたね……。 まず、アサの走る姿が本当に美しく描かれていて、「風になったみたい」という感覚がすごく伝わってきました。でも、その走りがアサヒと同じだったという伏線が、最後の記憶のフラッシュバックで一気に回収される。金木犀の香りとか、A先生の「どこかで見たことある」という違和感が、まさかそう繋がるとは……。 「お兄ちゃんって呼びたかったよ」の台詞、胸が締め付けられました。タイプAがただのコピーで、オリジナルはもうどこにもいないという現実。この設定の切なさが、本当に心に残ります。