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#ドラマ
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「お、お待ちしました兄貴ィ!!特製オムライスですッ!」
事務所のドアを勢いよく開けて飛び込んできた和幸が
エプロン姿のまま、皿を机に叩きつけるように置いた。
湯気が立ち上るケチャップたっぷりのオムライス。
だが、和幸は皿を置いた瞬間に凍り付いた。
「あ、兄貴……その、横にいるお嬢さんは……?」
「……ワシの娘や」
俺が短くそう告げると、和幸は「へ?」と間抜けな声を漏らしたまま、彫像のように固まった。
「む、娘ぇ!?いや、兄貴、隠し子とかそういう……?!いやでも、そんな話、一言も……!」
「やかましいわ。ワケあって今日からここで預かることにしたんや。…ひまり、こいつは和幸。なんかあったら顎で使うたらええ」
俺の言葉に、ひまりはおずおずと和幸の方を向いた。
まだ少し目が赤いが、目の前の大盛りオムライスの香りに、無意識にゴクリと喉を鳴らしている。
「……ひまりです。…よろしく、お願いします」
蚊の鳴くような声だったが、和幸は「うおっ」と後ずさり、急に直立不動の姿勢をとった。
「よ、よろしくお願いしますッ!ひまりお嬢! 自分、和幸と申しますッ!オムライス、お口に合わなかったらすぐ作り直しますんでッ!!」
「……えっ、え、っと…」
「こいつはいつもこうや。気にせんでええ……ほら、冷める前に食え」
俺が促すと、ひまりは「いただきます」と小さく手を合わせ、スプーンを握った。
一口、慎重に口へ運ぶ。
「……ん…おいひい…」
その一言で、事務所の張り詰めた空気が一気に弛緩した。
和幸にいたっては「よかったぁ〜!」とその場にへなへなと座り込んでいる。
「……でも兄貴、マジでどうするんすか?ここ、ヤクザの事務所っすよ。子供一人育てる環境じゃねぇっす」
「わかっとるわ。せやけど、昔の女の娘なんや」
「…今その人はどこに…?」
「あいつの行き先なんて、どーせホスクラやろ。また悪い男にハマって……挙げ句の果てに育児放棄や。この分やと、飯もろくに食わせてへんかったんやろ」
「……最低じゃないっすか、自分の娘だっていうのに…」
「…せやな。やから行き場のないガキを放り出すような腐った真似は、ワシにはできひん」
「親父…」
俺は癖で煙草を咥えようとして、ふとひまりの顔を見て、箱ごとポケットに仕舞い込んだ。
代わりに、ひまりが残したケチャップの跡を指先で拭い取る。
「和幸。明日までにひまりのパジャマや私服、あと……なんや、女の子用の布団とか、その手のもん一式揃えとけ。そんで事務所の奥の空き部屋掃除して、ひまりの部屋にしたれ」
「ええっ!?今からですか?!」
「なんや、できんのか?」
俺が眼鏡をズラし、少しだけ殺気を込めて睨むと
和幸は「い、いえ!喜んでッ!!」と叫んで事務所を飛び出していった。
静かになった部屋で、ひまりは黙々とオムライスを食べ続けていた。
ふと、彼女の手元を見る。
小さな手が、まだ時折ビクッと震えている。
「…ひまり」
「…?」
「ここにおる間は、誰にも手出しはさせん。ワシがお前を守ったるし、送り迎えも全部したる。せやから、何も心配せんと、安心しとき」
ひまりはスプーンを止め、じっと俺を見つめた。
その瞳の奥に、ほんの少しだけ、小さな灯が宿ったような気がした。