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58 ◇難しい領域
調査員はこの女性にこちらの意図を伝えれば、何かしら自分の知らない情報を
話してくれそうな気がした。
「調査中ですので、ただの噂話だった場合、名誉棄損にあたる危険性がありますので、
あくまで当方の推測の域を出ない話としてお聞きいただきたいのですが……。
結婚を決めたある方から、お相手の女性の身辺調査のご依頼を受けまして調べていくうちに
こちらのご主人の名前が複数人の方たちからありまして──
実のところ、ふたりの関係がどこまでのものなのかということを調べに
来たというところになりますでしょうか」
「そうなんだ。
社内の人たちからも名前が挙がるほどだったのね。
その女性って蒼馬さんより一回り以上年下の若い女性でしょ?
由香さんから聞いて知ってるわ。
私と由香さんわね、子供たちが産まれる前から隣同士で住んでるので、年も近いことから
親しくさせてもらっていて、ご主人のことも前から聞いて知ってるのよ。
そうね、最初にご主人の話を聞いたのは4、5年前じゃなかったかしら。
その頃から家でメールばかりしていて……そうそう、今じゃLINEばかりしているって
言ってたかな。
デバイスを変えて、その女と遣り取りをしょっちゅうしていて、嫌な気持ちに
なるって言ってたわね。
わざわざ休日に出掛けていって、彼女と食事に行ったりもしてるみたい。
何度か奥さんがご主人に女性とこれ以上親しくするのはやめてほしいって言ったらしい
けれど、身体の関係があるわけじゃなし、と主張して、やめてくれなくて困ってるって
聞いたわ。
今回彼女が家を出ていったのも、そのことが大きな理由なんじゃないかな。
それにしても、ご主人ったら会社でも堂々とその若い女性と親しくしていたんですね。
呆れた……。
私は由香さんがいなくなって寂しいけど、彼女、家を出て正解だったかも」
調査員は、結局ここにきても、ふたりの関係において、身体の関係があったのか、
なかったのか……確信をつく情報を得ることはできなかった。
それで一切の推測やまた捏造をすることもなく、堀内には得た情報のその
まんまを報告したのである。
男女が、学生時代の友人のように毎日のように一緒にランチをとり、時には
帰りがけにご飯に行く。
そして、毎日のようにLINEを交わす。
肉体関係がないから、それを許せるのか?
そのような付き合い方をしているふたりの間に、肉体関係がないと信じられるのか?
もう難しい領域に突入しているとしか、言わざるを得ない。
50代半ばで、依頼者の父親役ができる年になる自分はどうだろうか、などと
調査員は考えてみる。
おそらく、相手の女性に対して、とれくらいの熱量があるかに
かかっているような気がした。
真実は藪の中、そんな曖昧な状況にいる女性との結婚を決められるのは、
よほどの熱量がないと無理だろう。
見合いなら、きっと自分はこの女性との結婚はやめるだろう。
さて、堀内氏は、どのような結論を導き出すのだろう。
蒼馬正義の妻が家を出ていったとなると、そこもかなり、痛いような
気がする。
蒼馬という男は、越えてはいけない領域を超えてしまった。
奥さんが出ていったのは、まだ最近らしい。
どうするのか、しかし所詮他人事。
自分は、この重苦しい結果報告を持ち帰るだけだ。
やれやれと、気の重い調査員であった。