テスト勉強に疲れて、先にギブして、俺のベッドに倒れ込んだ翔太の寝息が聞こえて来るまで、大して時間は掛からなかった。
「え、嘘、可愛い…」
思わず呟いた俺の声は、低くくぐもっている。慌てて自分で口を覆ったからだ。
俺たちはもう中学2年生。
翔太は、幼稚園の頃と同じように、自分の右手の親指を咥えて眠っている。そして寝顔も幼い頃そのままだ。
◇◆◇◆
今日は、テスト勉強をしようと、学区も中学も違う俺の家に、翔太が無理やり遊びに来ていた。そんな馬鹿なと思ったが、テスト範囲をお互い確認してみると、ほとんど範囲が被っていた。奇跡だ。
妹たちは久しぶりの翔太の来訪に驚き、色めきだち、きゃあきゃあとしばらく騒いでいたが、俺が邪魔するなと一喝すると、大人しくすごすごと自分たちの部屋へと帰って行った。
「さて、と」
翔太の寝顔を見て、嫌でも高まる胸の鼓動にどぎまぎしながら、わざと声を出して気合いを入れ直す。
教科書の開いた場所にあらためてぎゅうぎゅうと折り目をつけ、シャーペンでノートに数式を書き取ろうとしたところで、握った筆圧の高さに、芯があっけなく、ポキン、と折れた。
ついさっきまで、翔太のすぐ横で勉強していた時には、もっと問題に集中できていた気がするのに、こうして無音の中、カリカリと響くペンの音と、自分自身の心臓の音、そして、とりわけ翔太の規則的な寝息にばかり意識がいってしまう。
………そういえば、二人きりなのは随分久しぶりじゃないか?
少し前から始めた、同じ事務所での芸能活動も、現場では滅多に顔を合わせることはなかった。翔太は早くに抜擢されて、結構忙しそうにしているが、俺の方はというと、基本的にレッスンが中心だ。たまに顔を合わせるのは、毎週決まった全体のレッスン日くらい。それも翔太は仕事で休みがちで、期も違うので、それほど一緒に行動してはいない。
目の前に並ぶ数式はどれも俺には難しく、かと言って、もはや日本語の原型を留めない古文などはちっとも頭に入って来ない。
「あーもう!やめた!!」
思わず大きな声が出てしまい、慌てて息を止める。おそるおそる振り返るが、翔太は目を覚ましてはいなかった。
ほっ、と息を吐く。
しばらくそのままでいたが、どうしても近づきたくなり、思い切って翔太の寝ているベッドの端に座ってみた。
こちら向きに無防備に寝顔を晒す翔太は、少し口を開いた状態で、口角が上がっていた。良い夢でも見ているんだろう、思わずその柔らかい髪に手が伸びそうになって引っ込める。
それから、今は遠くなってしまった、大好きな人の寝顔を真近に見る機会はそうそうないと、何とか勇気を振り絞り、もう少し大胆になって、並んで横になってみる。その時にはさっきよりベッドが大きく沈んで、翔太の瞼が少し震えた気がした。
起きた……?
慌てて縮こまる。
そして、俺はそのまま、これ以上ベッドが動かないように、全身に力を込めたままで、愛しい翔太の寝顔を見つめた。
◆◇◆◆
「………!」
目が覚めると、目の前に翔太の顔。
いつのまにか眠ってしまったらしい。
翔太の瞼は先ほどと寸分変わらず閉じられたまま。睫毛が薄く影を落としている。どれぐらい眠っていたのかと、目の端で時計を確認すると、意外にも30分と経っていなかった。
そう言えば、子供の頃。
まだ、小さな幼稚園児の頃に、原っぱで交わしたあの約束を翔太はまだ覚えているだろうか?
あの頃の翔太はまだ幼くて、可愛らしくて、ついつい『お姫様』扱いしたけど、同じことを言ったら、生意気盛りの今の翔太は怒るだろうな…。
そんなことを考えていると、急にぱちりと翔太の目が開いた。
「何見てんの」
「いや、別に…」
慌てて起き上がろうとしたその腕を取られ、また横にされる。今、俺の顔は真っ赤だろう。翔太はまだ眠たいようで、反抗期特有の刺々しさがなかった。
「綺麗な顔してるな、お前」
「えっ……」
「よくよく見ると、ガキの頃とあんま変わんないけど…。でもやっぱ綺麗だ」
「あぁっ………」
こんなに真っ直ぐ褒められるなんて慣れてなくて、思わず変な声が出る。
いや、俺なんかよりずっとずっと…
「翔太の方がかわいい……」
「…………/////」
翔太はその色白の肌を真っ赤に染めて、ふるりと唇を震わせた。
「子供の頃の約束、俺は忘れてないから……翔太は覚えてる?」
ダメ押しで言ってみると、顔を隠した翔太は、無言でウンウン、と頷いた。
そして俺に聞こえるか聞こえないかの声で言った。
「お姫様…?」
「翔太、大好きだよ!!」
俺は翔太をぎゅっと抱きしめ、そのまま腕枕をした。翔太は顔を隠したままだったけれど、ちっとも嫌がったりしなかった。胸が熱くなる。あまりの嬉しさに泣いてしまいそうだ。
「キス、してもいい?」
「…………」
翔太はゆっくりと赤い顔を覗かせ、目を瞑ったままで、顎を上げて、唇を差し出した。
柔らかい感触と、天にも昇るような心地と。
いつまでも離れがたいその感触に、翔太の吐息が苦しそうに漏れるまで気づかなかったくらいだ。
ああ。
これから先もずっと。
俺たちはこのままでいられますように……。
コメント
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続きあるか聞かれて、とりま春夏秋冬くらいはと思っていたけど、やっぱりどうしよっかなと思いながらだらだら書いて上げたら、案外褒められて嬉しいかった。でも一晩寝て再読したらなんだこりゃ?ってなってる。精進しまつ、、、
はあーーーーーーーーーーーー良すぎだろ!!!!❤️💙
かっ………わいすぎるっ!!!!!悶