今のチームでの新しいプロジェクトの打ち合わせがあり、俺は山本 菜々子さんと一緒にクライアントに会いに行った。
クライアントは有名旅行会社。
ある温泉地のCMを手掛けることになった。
人気の俳優がCMキャラクターに決まり、順調に進んでいる。
ポスターやCM撮影の前には、実際に何度か現場に足を運んで視察もする。
カメラマンとしてはイメージを膨らませるチャンスだ。
チームに恭香がいないのは寂しいが、それでも、毎日の彼女の笑顔が俺の力になっていた。
「本宮さん? さっきからずっと黙ってて、どうしたんですか?」
助手席に乗る山本さんが、俺に言った。
「あ、ちょっと考え事してた」
「いろいろ考える事があるんですよね。御曹司ともなると大変ですね。あれもこれも……」
「別に御曹司だからとか、そういうわけじゃない。今の仕事のこととか……」
山本さんの言葉の意図がわからない。
「本宮さん、毎日そんなんじゃ疲れてしまいますよ。たまには息抜きしなきゃ体が持ちません。今度良かったらお食事でも行きませんか? とってもおいしいお店を知ってるんです。高級なお店なので、本宮さんのお口にもきっと合うと思いますよ」
俺は、突然の誘いに戸惑った。
「悪い。俺、そういうの苦手だから」
「苦手なんですか? どうしてですか? そんな風には見えないですよ。いっぱいガールフレンドもいるんですよね、きっと。本宮さんなら周りが放っておかないですもんね」
こういう女性といると、心の底から疲れる。
急に恭香の笑顔が見たくなった。
「ガールフレンドか……」
「やっぱりたくさんいるんですか?」
隣から注がれる視線が痛く感じる。
そんなに覗き込むように見ないでほしい……
「今は、いない……」
「えっ、本当に? 本宮さんみたいなイケメンが彼女いないなんて、嘘みたいです! じゃあ、私、立候補してもいいですよね?」
山本さんの言葉を聞くのが怖くなる。いや。
「それは……」
「本宮さん。私、あなたの彼女になりたいです。初めて会った時から、本宮さんのこと……。わかりますよね? きっと私ならあなたのことを支えることができます。本宮さんの横にいて、私……何でもして差し上げますよ」
「悪い、今は仕事のことだけ考えたい。それに、彼女はいないが、俺にはちゃんと想ってる相手がいるから。申し訳ないが、山本さんの思いに応えることはできない」
本来、女性を傷つけることには抵抗があるが、たまらず本心を言ってしまった。
「えっ……う、嘘っ。だ、誰なんですか?! 本宮さんの好きな人っていったい……」
俺は、また黙ってしまった。
この人に恭香ちゃんのことを話したくはない。
「ま、まさか……。そんなはずはないわ。でも……きょ、恭香ちゃんじゃないですよね?」
思わず息を飲み込む。
「……」
「ちょっと、まさか本当に!? 嘘でしょ、恭香ちゃんのことを好きだって言うんですか?」
「……ああ」
ここで話してしまうなんて……
「そんな……どうしてあんな子を!?」
「あんな子? ってどういう意味?」
「きょ、恭香ちゃんはいい子ですけど、でもやっぱり……華がないって言うか。こんな言い方したら可哀想ですけど、そんなに容姿も良くないのにどうしてなんですか? 本宮さんみたいなカッコ良い御曹司なら選び放題でしょ。わざわざ彼女を選ばなくてもいいじゃないですか?」
「それが山本さんの本音か」
「えっ……」
「御曹司なんて、俺をそんな風にしか見れない女は到底彼女にはしたくない。同じ会社の仲間をそんな風に言う山本さんの根性が嫌いだ。仕事ができるところは評価されてるだろうが、人間としてどうかと思う」
女性にこんな言い方をしたのは、初めてだった。
「ひ、ひどい言い方! 恭香ちゃんなんかのどこがいいのかわからない! 全く気が知れないわ」
「森咲は……心が綺麗なんだ。それに、顔も可愛い。なぜ見た目を否定するようなことを言うんだ。あいつの笑顔は、周りを癒して俺を元気にしてくれる。太陽みたいなパワーを持っている」
「は? 太陽みたいなパワーですって? どこにそんな力があるんですか、あんな笑顔に。どこから見てもどこにでもいる普通の女でしょ。それに、心が綺麗だなんて、どうしてわかるんですか? あなたは騙されているんです。あの子だって、あなたが御曹司だから近づいてくるんですよ。そんなこともわからないんですか? 『文映堂』の次期社長ともあろう人が。社長が知ったらきっと驚きますよ」
山本さんは厳しい顔付きで俺を睨んでいる。
できることなら仕事の打ち合わせの前に、こんな話はしたくなかった。
「社長はとっくに知っている。父さんは、森咲の良さをちゃんとわかってくれてる。もうこれ以上、彼女のことを悪く言うのやめてくれ」
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