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#ホラー
天音ろっく
190
美由紀
48
夏川鳴海
575
『……セ……カ……っ! ……お……、……て!』
遠くの方で僅かに聞こえてくるその声に、目眩に似た気怠い意識をゆっくりと覚醒させてゆく。生暖かいどろりとした不快感に額を拭ってみると、右手にベッタリとこびり付く赤黒い鮮血。
(一体……、何が……?)
ぼんやりとしたまま右手を眺めると、徐々にクリアになってゆく視界。ズキズキと痛む全身には熱風が吹き付け、途端に鼻をつく焼け焦げた匂い。
「──センカ!」
揺り起こされるようにして意識をハッキリと覚醒した私は、目の前に見える自分と瓜二つの顔を見つめ返した。
「キンカ……?」
「っ、……良かった!」
のろりと起き上がると、そんな私をきつく抱きしめる双子の姉のキンカ。ズキリと痛む身体に小さな呻き声を上げると、それに気付いたキンカは焦ったように口を開いた。
「……ご、ごめん! 大丈夫!?」
「うん。頭が少しクラクラするけど……」
そう答えながらも、一体何が起きたのかと辺りを見回してみる。瓦礫の山ばかりに見えたその場所は、よくよく見てみると見覚えのある建物の残骸らしきものがある。
所々では轟々と炎が燃え上がり、いたるところから負傷者の悲痛に満ちた声が聞こえる。ピクリとも動かない下半身を失った男性は、おそらく既に亡くなっているのだろう。ごろりと転がる遺体を前にして、私は初めて目にする光景に恐怖した。
(誰かに攻撃された……? もしかして、戦争……っ?)
確か私は──両親とキンカの四人で都市ニゲラにあるレストランへと向かっていたはずだ。その道中、突然上空に現れた眩い閃光。それを見上げた次の瞬間、私の身体はもの凄い爆風によって吹き飛ばされた。
そんな記憶が蘇ってくる。
「っ……。センカの意識が戻らないから……私、凄く心配して……っ」
そう告げながら涙を流すキンカを見て、そっと優しくその手に触れる。
「キンカは……? キンカは大丈夫? どこも怪我してない?」
「うん……私は大丈夫。ちょっと足が痛いけど」
キンカの言葉を受けてホッと胸を撫で下ろすも、両親の姿がどこにも見当たらない。
「……ねぇ、お父さんとお母さんは?」
「わからない……。私もさっき目を覚ましたばかりで、近くにはセンカしかいなかったから……」
「…………。大丈夫、きっと二人は無事だから。一緒に探そう」
「……うん」
悲しげに俯いてしまったキンカを立たせると、熱風の吹き付ける瓦礫の中を二人で一緒に彷徨い歩き始める。
「お母さん……! お父さん……っ!」
激しい熱風に当てられた喉はゴホゴホと咳をあげ、それでもなんとか声を上げながらも進んで行く。煤が舞い散る中歩き続けるのは、ただ呼吸をするのですら息苦しさを感じる。そんな私の耳に届くのは、あちこちから飛び交ってくる悲痛な叫び声。隣にいるキンカの手をギュッと握りしめると、零れ落ちそうになった涙をグッと堪える。
右を見ても左を見ても、その視線の先にあるのは数え切れない程の負傷者の数と転がる遺体ばかり。見回す限りを埋め尽くしている瓦礫の山は、残酷なまでに現実を突きつけてくる。
(もしかしたら、お母さん達は……っ、)
そんな不吉な考えを払拭するかのようにして、キンカと二人で必死に声を絞り出す。
「……、お母さん!」
「お父さん……っ!」
「……っ、ゴホゴホ」
「───! センカ、あそこ!」
そう言って前方を指し示したキンカの指先を辿って見てみると、見覚えのある後ろ姿が目に入る。
「っ、……お父さん!!」
「お父さん……!」
キンカと二人で駆け寄ると、そんな私達に気付いた父はクルリと後ろを振り返った。
「……キンカ! センカ! ……っ、二人とも無事で良かった……!」
そう告げながら力強く抱きしめてくれた父は、すぐにその身体を離すと切羽詰まった様子で口を開いた。
「っ、……お母さんが瓦礫に挟まって動けないんだ。お前たちも手伝ってくれ」
その言葉に父の背後を見てみると、瓦礫の下敷きになって倒れている母がいる。すぐさま母の傍へと駆け寄ると、その場で膝を着いてキンカと二人で涙声を上げる。
「……お母さん!」
「お母さん、しっかりして!」
「だい……、丈夫よ……。二人とも、無事で……良かった、わ……」
見るからに具合の悪そうな母は、私達の無事な姿を確認すると薄く微笑む。粗い呼吸と血の気のない顔から察するに、もしかしたら肺を圧迫されてしまっているのかもしれない。
詳しいことは分からないにしても、今すぐ救出しなければ危険なことは誰の目から見ても明らかだった。
「っ……今出してあげるから! お母さん、頑張って!」
そう告げるなり、母の上に積み重なった瓦礫を持ち上げようとする。だけど、コンクリートの塊は見た目以上の重量で、三人がかりでもびくともしない瓦礫。
「もう一度いくぞ。……せーの!」
「くっ、……なんでこんなに重いの……」
「動いてよ……っ」
一刻を争う状況だというのに、気持ちばかりが焦ってゆく。
「……これじゃダメだ。助けを呼んでくるから、お前たちはお母さんに付いててくれ」
「うん、分かった」
「……早く戻って来てね、お父さん」
「ああ、すぐに戻ってくるから待ってなさい」
殺伐とした瓦礫の中を走り去ってゆく父の背中を見送ると、足元にいる母の手を握りしめてその顔を覗き込む。
「お母さん……今、お父さんが助けを呼びに行ってるからね」
「……お母さん、大丈夫だからね。頑張って」
「ありが、とう……」
力なく微笑む母の姿を見て、じんわりと涙が込み上げてくる。
(……ううん。きっと大丈夫)
後ろ向きな感情をすぐさま押し込めると、零れ落ちそうになった涙を掌で拭い去る。
「ねぇ、センカあれ見て! あれで動かせないかな!?」
そう言ってキンカが指差したのは、折れ曲がった鉄パイプだった。
おそらくどこかの建物にでも使われていたのであろうそれは、ちょうど手頃なサイズ感に見える。もしかしたら、あれを使えばテコの原理で瓦礫を持ち上げることができるかもしれない。
「うん、あれなら──」
「きゃああああ!!! 「うわあああーー!!」」
キンカに向けて口を開いた瞬間。突如として四方八方から湧き上がった悲鳴によって、私の言葉はかき消された。尋常ではないその様子に、慌てて辺りを見回してみる。けれど、殺伐とした光景が広がるばかりでイマイチ状況が掴めない。
一体何があったのだろうか? そんなことを思いながらも、ただ漠然とした恐怖に襲われる。
「センカ……っ」
それはキンカも同じだったようで、ビクビクと怯えながら私に身を寄せるキンカ。そんなキンカと二人で辺りを警戒していると、右手前方から慌てた様子で突然目の前に現れた男性。
「助けてくれー!」
恐怖に引きつった顔を浮かべながら、まるで何かから逃げているようだ。そう認識した──次の瞬間。もの凄い勢いで現れた巨大な生物は、その男性の腕を掴むと一気に引きちぎった。
ビチャリと飛び散った“何か”で顔を濡らしながら、ただ目の前の光景を見て呆然とする。
「…………え?」
ポツリと小さな声を溢しながら濡れた頬を拭うと、右手に付着した血を眺めてカタカタと震える。
『ボォアアアーー!』
「っ、……ぐあああ!!」
凄まじい絶叫を上げた男性は、その場でのたうち回りながらも必死に後退りする。そんな男性めがけて勢いよく飛びついた異形のバケモノは、ぬるりとした白い鱗をくねらせてその肩に喰らいつく。
そんな恐ろしい光景を前にしてへたりと腰を抜かした私は、その場から動くことすらできずに浅い呼吸を繰り返した。
(な、に……これ……? なん、なの……っ)
容赦なく喰いちぎられてゆく男性を眺めながら、微かに聞こえてくる母の声。
「逃げ、なさい……」
(…………に、げる……?)
その言葉の意味すら処理しきれないまま、ただ目の前にいる得体の知れない生物に恐怖する。
「センカ……っ」
カタカタと震えながらも、私の身体を横に揺するキンカ。
「二人とも……早く、逃げ……て……っ、」
そんな母とキンカの声は確かに耳に届いているのに、私の視線はバケモノから逸らすことができなかった。
微動だにしなくなった男性をその場に投げ捨てると、やけにゆっくりとした動きでこちらを振り返ったバケモノ。血の滴る口元をニチャリと大きく裂け拡げると、鋭く尖った歯を剥き出しにする。
『ボォアアアー!!!』
まるで次の獲物だと言わんばかりの咆哮は、私の身体を通して一気に脳天まで突き抜ける。そんなビリビリとした感覚に思わずのけ反ると、目の前の現実にガタガタと震える。
(殺される……っ)
──そう思った刹那。突然の衝撃で吹き飛ばされた私は、地面に倒れ込むと小さな呻き声を上げた。
「二人とも、逃げるんだ……っ!」
そんな父の声を背後に、父に突き飛ばされたのだと理解する。すぐさま背後を振り返って見てみると、私の目に飛び込んできたのは父の頭がグシャリと喰い潰される瞬間だった。
「……っ、ぁ……あ……、うそ……っ」
信じ難い光景を前にか細い声を上げると、クルリとこちらに顔を向けたバケモノ。白く濁った深海魚のような瞳に、まるで半魚人を彷彿とさせるヒレのようなもの。そんな未知なる異形のバケモノは、その口に父の頭部を含みながらゴリゴリと捕食する。
「……っ、逃げてーー!!!」
涙ながらに絶叫する母。そんな母の声に反応するかのようにして、一際大きな咆哮を上げたバケモノ。地面に横たわっている母の身体を掴み上げると、そのまま一気に瓦礫の下から引き抜く。ブチリと音を立てて引き裂かれた母の身体は、垂れ下がった内臓から貪り喰われてゆく。
一体、私は今何を見ているのだろうか……? あまりに衝撃的な光景を前に、次第に遠のいてゆく意識。キンカに手を取られてその場から走り出したものの、何一つ考えることができない。そんな朦朧とした状態のまま瓦礫に躓くと、転倒した衝撃でズキリと痛んだ左膝。途端に込み上げてきた抗えない程の悲しみに、堰を切ったように号泣する。
「お父、さん……お母さん……っ」
「っ、……センカ、しっかりして!」
そう告げながらも涙を流したキンカは、私を立たせると再び走り出す。そんなキンカに手を引かれるようにして、涙ながらに逃げ惑う。どこへ行っても混沌とした光景が広がるばかりで、この地獄のような世界はゆっくりと悲しむ余裕すら与えてはくれない。
なす術なく蹂躙されてゆく人々で溢れ返る中、キンカと二人で必死になって身を隠せそうな場所を探し続ける。
「──! ……キンカ、あそこ!」
そう告げながら陸橋を指差すと、コクリと頷いたキンカと一緒に陸橋の下へと逃げ込む。すぐさま柱の影に身を潜めると、ガタガタと震える身体を寄せ合う。
左右の視界は太い柱で遮られているとはいえ、正面はガラ空き状態。これでは当然気が休まるはずもない。そんなことはキンカも私も分かってはいたけど、これ以上最適な方法も場所も見つけることができなかった。
「っ、センカ……」
「大丈夫……、きっと大丈夫だから……っ」
まるで自分自身に言い聞かせるようにして呟くと、隣にいるキンカの手をギュッと握りしめる。
幸いなことに、耳に届く悍ましい咆哮と飛び交う悲鳴とは対照的に、目の前に見える景色はただ静かに流れている川だけ。このままここで息を潜めていれば、助かる可能性だってあるかもしれない。そんな小さな希望に縋り付くようにして、心の中で必死に祈り続ける。
「……っ、……」
ゆらゆらと揺れる水面を眺めながら、無意識に思い浮かべた父と母の姿。幸せだったあの頃にはもう戻れないのだと、失ったものの大きさに涙が溢れる。
(っ…………大丈夫。私にはまだ、キンカがいる……)
繋いだ手をギュッと固く握り直すと、次々と流れ出る涙を静かに拭ってゆく。それはキンカも同じだったようで、小さく啜り泣く二人の声だけが橋の下でこだまする。
そんな私達の視界の先にある、静かに流れ続ける横幅五メートル程の少し濁った川。その流れに逆らうようにして、奥の方でキラリと光った水面。その違和感にピタリと動きを止めた私は、隣にいるキンカの身体抱きしめた──次の瞬間。
「きゃあああーー!!」
陸橋下に逃げ込むようにして現れた二十代らしき女性。その女性の悲鳴に反応するかのようにして、突然川の中から姿を現したバケモノ。そのスピードは驚異的な速さで、川の向こう側からこちら側に移動するまで瞬き一つできない程だった。
「あ゛……ぅ、っ」
顔の片側から肩にかけて噛み付かれた女性は、グニャリと顔を歪ませると白目を剥く。その恐ろしい光景に思わず目を背けた私は、キンカを抱きしめている両腕に力を込めるとギュッと固く瞼を閉じた。そんな私を力強く抱きしめ返すキンカ。いくら視界を閉じていようとも、耳に届く音から悍ましい光景が否応なしに浮かび上がってくる。──それが数秒後の私達の未来なのだと。
互いが互いの身体に縋り付くようにして、なす術なくただその場でガタガタと震える。耐え難い恐怖心と悍ましい咀嚼音が響く中、唯一の救いはお互いの存在だけだった。
──例えこの後殺される運命だったとしても、私は一人じゃない。
そんなことを考えながらも、昨日までの幸せだった頃の思い出が走馬灯のように蘇る。
(お父さん……、お母さん……キンカ……っ)
キンカの身体を抱きしめながら静かに涙を流すと、私はこの後訪れる死を覚悟した。
だけど、いつまで経ってもバケモノが襲ってくる気配がない。恐る恐る瞳を開けてみると、バケモノのいる方へと視線を向けてみる。
「…………」
いつの間に消えたのか、女性の姿もバケモノの姿も見当たらない。ただそこにあるのは襲われた女性の生々しい血痕だけ。あの恐ろしいバケモノはどこへ行ったのか、どうしてこの場を離れたのか……その理由は分からない。
「キンカ……、もう大丈夫だよ」
そう小さく囁くと、ゆっくりと瞼を開いたキンカと視線を合わせる。
「あの生き物は……?」
「……分からない」
そんな言葉を交わしながら二人で辺りを見渡してみる。だけど、いくら探しても見当たらないバケモノの姿。
だからといって決して安心できるわけもなく、二人で息を潜めながら身を隠し続ける。一体どれだけの時間そうしていたのか──気付けばあれだけ飛び交っていた悲鳴の数はだいぶ減り、それが意味する事実に恐怖する。
おそらく、このままここにいたら私達も同じ運命を辿るのだろう。とはいえ、どうしたらいいのか分からない。
「キンカ……」
縋るようにしてキンカに身を寄せた──その時。何かの気配に気付いてビクリと身体を縮こませると、キンカと二人で息を呑む。
「──ここに生存者がいるぞ」
軍服を着た三十代らしき男性は、後方に向けてそう告げると私達の方へと向き直る。
「政府で保護します。さあ、こっちへ」
そう言いながら差し出された右手は、まるでこの地獄から救い出してくれる唯一の光のようだった。
コメント
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うわっ…第9話、めちゃくちゃ重くて辛い回だった…。いきなり平和な日常から戦慄の地獄絵図に叩き落とされる展開、衝撃的すぎた。両親が目の前でバケモノに喰い♡♡♡れるシーンは読んでて息が止まったわ。3話でセンカとキンカの双子の絆を丁寧に描いてきたからこそ、その喪失感が心臓に突き刺さる。ラストの軍人の登場で一筋の光が見えたけど、まだまだ安心できない雰囲気だよね。続きが気になりすぎる🔥