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あの後、何の変化もなく、一週間が経過。
いつも通り、優斗が学校に登校すると──
「え──」
なんと、若葉が他クラスの女子を脚に乗せ、こちらを見つめ優しく微笑んでいる。今まで、こんなことはなかったはずだ。
「あ、おはよう桜木くん。実は僕、彼女ができたんだ」
しかも、罵倒をしないだけでなく、清々しい顔で挨拶を。流石にこれには違和感を感じた。
「……若葉、体調でも悪いのか? 」
それか、何か悪いものでも食べたのではないかと心配になる。どんなに憎き相手でも、こんな風に思うこともあるようだ。
「いや? そんなことはない。って、そうだった……」
優斗の心配を無用だと示した後、何かを言いかける。様子を見てみれば、何か気まずそうな表情を浮かべていた。
「……今まで、桜木くんにしてきた酷いことの数々、謝らせてほしい。勿論、許せなんては言わない」
「…………お前、まじで大丈夫か? 」
身構えてみれば、そんなことを言い出す。何か、企みがあるようにも見えるが、今の表情、瞳、話し方から、悪意のようなものは感じられない。
「……突然、こんなことを言われて、困惑しているのは分かってる。だけど、僕はずっと、君と友達になりたかった。けど、上手く話せなくて……気付いたら傷付けるような言葉ばっかり──」
話し方が何処か演技臭い。が、有り得なくもない話ではある。
「…………それが本心だっていう証拠は? 」
もし、これが演技でなければ怪しい素振りは見せないはず。優斗は普段より目つきを悪くして、言葉を投げた。
「……これから君と、友達として関わって、確かめてほしい。怪しいと思ったら、縁を切っても大丈夫だから」
一瞬、間を置いて、若葉は言葉を放つ。今のところ、警戒は解けないが、こう言っている以上、なってみるしかない。
「……わかった、そこまで言うなら別に良い。けど──」
「けど……? 」
「──春菜の話題は絶対に出すな。出した瞬間、どちらにしろと縁を切る」
もう、あいつのことは思い出させないでほしい。
自分の失態すらも、思い出しただけで、自分を殴りたくなってしまうから。
それに、もうあいつとは「さよなら」をした。今後一切、関わることなんてないと思う。
「わかった。じゃあ、今日からよろしくね──」
若葉が手を差し出してくる。友達としての握手だろうか。優斗は警戒を続けたまま、小さく握手をした。その時、若葉の脚に座っていた女子が立ち上がり、教室から出て行く。
「私、先生に呼ばれてるから、もう行くね──」
その行動はあまりにも図られているもので、怪しさは更に増した。が、ここで何か言うと、また面倒くさいことになる。そう思い、優斗は静かに自分の席に戻った。
それから、何分かが経過して──。
「……おはよう」
凛凛が教室に入り、自分の席に腰掛ける。それと同時に、優斗に挨拶をした。
「お、おはよう……」
最近、いつもこんな感じだ。話しかけるのは、隣の席だからだろうか。それとも、また別の意図があるからなのか。
今日を含め、周りの様子がおかしいから、体育祭の倍疲れてしまう日が続いている。
「どうしたの? 疲れてるみたいだけど……」
それに何故か気付く凛凛。本当に最近は、世界が可笑しい。
「別に、疲れてないけど……」
「……そう、普通は疲れてなくて、そんな反応しないと思うけど? 」
元気のないような優斗の反応。正直に疲れていると言った方が良いのだろうか。けれど、なぜか強がりたい自分がいて、強情にでも疲れていないと意思を通す。
「いや、えっと、朝からはあまり元気がないって言うか……」
その説明を聞いて「……そう」と鞄を机の横に掛ける凛凛。どうやら、嘘はお見通しのようだ。
それから、会話はなく、HRが終わり、授業が始まる。現在の授業は生物で、教科書を用意していると手ぶらの生物教師が教室に入ってきた。
「今日は、お前たちには外に出て、虫を捕まえてきてもらう。捕まえた虫は標本にするから、よろしく」
二学期、生物の最初の授業が標本作り。その割には、何の道具も準備していないようだ。
「虫を捕まえるなら、虫カゴとか必要な気がするんですけど……」
クラスの男子の呟き、それを聞いた生物教師が「あっ! 」と慌てて虫カゴを取りに行く。
「いや~危ない危ない。教えてくれて、ありがとう。それじゃ、虫カゴを配るから、隣の席同士で一ペアになって、捕まえてきてくれ」
それから、戻ってきた生物教師は説明を始め、虫カゴを配り始める。
「あー良いな。桜木は凛凛ちゃんとかよ」
「……は? 何、アタシじゃ不安なわけ? 」
配っている間は、凛凛と優斗のペアを羨む声が聞こえ、夫婦の痴話喧嘩のような会話が聞こえてきていた。
そして、無事に配り終わり、色んなペアが外に出るのだが──。
「桜木くん」
若葉とそのペアが優斗の元へ。
優斗の名前を優しく呼ぶ。
「………どうした? 」
優斗が聞き返すと、若葉は優しく微笑み、一緒に行動しないかと提案を持ち掛けてきた。
「……俺は別に良いけど、凛凛さんがどうか──」
そう言って、凛凛を見ると「さん? 」と疑問の声を上げている。
「? さん付け嫌いだった……? 」
「別に、嫌いって訳ではないけど、あまり好みではないかも……」
どうやら、凛凛は「さん付け」が違和感らしく、優斗に別の呼び方をするように要求してきた。
「んー……まあ、ひとまずは、どうするかだけ決めて、早く行こう。時間もないしさ……」
ここで時間を使うのは内申点に問題がある。
「確かに、そうね。けど、私はもう貴方とは関わらないって決めたから、申し訳ないけど、他を当たってもらうわ」
すると、凛凛が若葉にそう言って、優斗と一緒に教室を出た。
「……悪いな、若葉。じゃあ、また──」
それから、優斗と凛凛は学校の外に出て、とある近場の広い公園に向かう。
「確か、生物の授業は二時間あったし、そんなに遠くに行かなければ、大丈夫だよね……? 」
一応、間に合わなかった場合のことを考えて、優斗は凛凛に確認を取る。
「大丈夫だと思うわ。とりあえず、ここで探すわよ」
そう言うと、凛凛はすぐに、そこの草むらにしゃがみ込む。
「そんなことよりも、あの若葉って人とは、どういう関係なの? 」
「……どういう関係──? 」
今は、確かに友達だが、あいつが演技をしているのは普通に見抜ける。だからか、どういう関係性なのかが分からなくなった。
「……俺もよくわかんないけど、友達? かな」
優斗がそう答えると、凛凛が意外な反応を見せる。
「あれが友達? あなた、正気……? 」
普通は確かに、そういう反応をするだろう。けど、今はそう答えるしかない。
「う、うん。一応、今日の朝、謝られて……」
凛凛は、思わず溜息。立ち上がり、優斗の方へ顔を向けた。
「何があったか分からないけど、若葉は信用しない方が良いわ──」
そんなことは分かっている。が、意図が掴めないから、確証が出来ないのだ。
「…………どうして、俺にそこまで? 」
よく考えてみれば、ただ隣の席というだけで、ここまで話すだろうか。優斗は疑問に思い、凛凛に尋ねる。
「……どうしてって、あんなの見せられて、放っておける訳ないでしょ」
あんなのとは、一週間前の若葉との尖った会話のことだろうか。
「それに──」
付け加えて、凛凛が口を開く。
「それに……? 」
優斗が首を傾げると、少し照れ臭そうに凛凛は言葉を放つ。
「と、友達になりたかったから……」
その一言が放たれた後、沈黙の風が吹く。
友達になりたい? 優斗と? 一体何故?
湧き出てくる疑問が優斗の頭を支配していると、それを薙ぎ払うように、凛凛が言葉を掛けた。
「い、良いから、早く捕まえるわよ」
耳を真っ赤に染める凛凛。
何故、こんな自分と友達になりたいのかと、優斗はただ、頭を回転させ、立ち尽くしているのだった。