テラーノベル
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夜の森は、静謐を極めていた
鳥のさえずりも 獣の気配も遠ざかり
風すら 木々の間を、遠慮がちに通り抜けていく
満点にひろがる星々が 葉の隙間から顔をのぞかせる中
揺らめく焚き火の炎だけが この野営地に、微かな息吹を灯す
それは、父上が珍しく 自らの意思で口にした言葉だった
本来なら、もっと先へ進むはずだった
でも、その声音に宿る静かな強さが 僕の問いを、封じた
理由は、語られない
きっと 語られるべきではない事なんだろう
日は落ち、夜が深まった頃
父上の膝には、1枚の新聞があった
地方の号外────
祝祭の騒動を伝える紙面には 王と王妃の写真
その腕には、小さな命が抱かれていた
「バナナ王国 待望の王子が誕生」
────そう、大きく書かれていた
名も顔も知らない
────でも…
父上がその写真を見つめる眼差しは どこか特別だった
懐かしさとも 祈りともつかない、何かが
焚き火に照らされたその横顔に 静かに滲んでいた
ぱちり、と焚き火が木をはぜる
その音に混じるように 父上はそっと呟いた
それだけだった
けれど その言葉にこもる思いの深さは
痛い程、伝わってきた
だから僕は、黙って目を伏せる
空気を壊さない様に
簡易的に建てたテントに 身体を滑り込ませる
ふと、入口を閉じる前に もう一度だけ振り返った
焚き火の光に浮かび上がるその背中
それが、どこか────
────泣いている様にも見えた
僕は何も言わなかった
だからなのか
この胸に残った違和感は ずっと消えなかった
テントの布が風に揺れる音
焚き火が、微かにはぜる音
誰もいない夜の静寂が ────ようやく、訪れた
その声は、焚き火にだけに向けられていた
誰にも届かない
届かせてはならない、独り言
────それでも… 誰かに伝えずにはいられない
深く、静かな祈りの声だった
新聞を、そっと畳む
────それは
まるで、過去を畳む所作の様だった
彼から記憶を共有された時 幸せそうなバナナ君を見た
我儘で、ふてぶてしくて… 僕の知ってる姿とは、全然違ったけど
とても、幸せそうだった
それが、一瞬で崩れた
理不尽に奪われ、侵略され 父も、母も、国も……
全てが、血と炎で塗り潰され ただ、生きる為に走り続けた────
火が、静かに揺れる
目元が、炎の熱で滲んで見えた
きっと、焚き火の奥に その時の“光景”が見えてるのだろう
ゆっくりと、言葉を紡ぐ
火の粉が、宙に舞う
小さな光が、夜空へと昇っていった
そう言って、ふと目を伏せた
誰にも語ることの無い 長い長い旅路
その果てにある “未来”を見据えるように
それは、誰にも聞かれることの無い ────独白だった
けれどその声は、確かに空へ 星へと向かって伸びていった
彼は、日の傍らに身を沈めた
目を閉じたその表情に 涙はなかった
────滲んでいたのは “希望”という名の、焔だった
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