卓馬
そっけない言葉と共に 渡されたのは小さな紙袋
紅を差したような真っ赤な顔と 震える指が示すものが
“愛”のような気がして
取りこぼさないようにと 慌てて袋を受けとる
軽くて少し高級感のあるそれの中には小さな箱が入っていて
箱を開けると腕時計が入っていた
晴香
卓馬
晴香
卓馬
晴香
いつもは素っ気ないくせに 記念日は覚えてるのね
自分の誕生日を忘れて私が折角祝っても薄い反応したのにさぁ
本当、そういうところ大好き。
晴香
卓馬
晴香
頷くと、彼も安心したように 口元を綻ばさせた
その顔が嬉しくて 早速腕時計を身に着けた
晴香
卓馬
晴香
卓馬
晴香
その言葉と同時に彼の胸に飛び込むと、温かい手が頭に乗った
髪の毛を通して 優しさが伝わるみたい。
晴香
卓馬
卓馬
とんとん、と腕時計を 叩きながら彼が笑った
晴香
卓馬
照れ隠しなのか
ふい、と顔を背ける彼
晴香
卓馬
晴香
卓馬
あの日から3年
私はずっと あの腕時計を使っている
細部は少し 年季が入っているけれど
お守りのような 安心感があったから
晴香
卓馬
晴香
卓馬
卓馬
切ないなぁ寂しいなぁ
なんて、心の何処かで思う
だけど
晴香
卓馬
晴香
こんな会話をしている最中にも 何処かで弱い者は 強い者に負けていて
世界を回している何かが存在するものがあることを忘れそうになる
卓馬
卓馬
茶化すように言うのに 瞳だけは真剣そのもので
感じられるだけの愛を掬いとって 記念に瞼のシャッターを切った
なんとなく、泣けてしまいそうで 目線を水槽に移す
晴香
卓馬
晴香
卓馬
卓馬
晴香
卓馬
卓馬
晴香
不意打ち過ぎて動揺する
私にとっては当たり前すぎて 私にとっては愛の一欠片で
晴香
卓馬
卓馬
晴香
卓馬
晴香
そっと腕時計を撫でたら 触れ慣れた硬い感触
体温を持たない筈だけど なんとなく、温かい
心まで温かくなったのは 彼の魔法…?
急に腕を掴まれて
腕時計が付いている方の手を 握られたのは
ここだけの話
晴香
卓馬
晴香
私達は二人で 横断歩道の前に立っていた
繋がれた手はそのまま
彼の暖かさに溺れていた
晴香
晴香
卓馬
見つめ合って笑ったその時だった
卓馬
晴香
困惑したのもつかの間
体が右に押される感覚があって されるがままに突き飛ばされる
聞いたことのない衝撃音が 耳を襲って頭が混乱した
晴香
全壊寸前のトラックと 血まみれのコンクリート
あり得ない方向に曲がった関節が痛々しくて見ていられなかった
即死なのはすぐに分かった
分かったけど
いかないで
割れた腕時計が悲劇を示していた
彼はもうどこにもいなくて
突き飛ばされた拍子に 割れて壊れた時計が
事実を訴えているみたいだった
まだ、使いたかった
彼との思い出と共に この時計で時を刻みたかった
あと一分
一秒でいいから
彼と笑いたかった
貴方はいつまでも優しくてさぁ
素っ気なくてお人好しで いつだって愛に溢れてた
その愛の一欠片が この腕時計のような気がして
他のどんなものよりも 大切にしてたんだ
腕時計と共に私たちの時間も 止まっちゃったみたいね
なんて、遺影に笑いかけても 彼は笑ってくれない
私の手首を撫でると 今は肌が触れ合うだけ
でも今では
彼の愛にも触れている気がした
コメント
23件
晴香と卓馬の愛が 大好きです!! 菜月さんの使う表現が 美しくて憧れます(*^^*)
恋人に腕時計をプレゼントする意味☟☟ 「離れている時も同じ時を過ごしましょう」 ⚠︎こんな素敵な彼氏は現実には存在しません
私、葉月さんの感動系のストーリー好きです💓 もう、時計がこうなって、こうなるとか考えつかないので、ほんとに尊敬します🙌 Twitterで知ったのですが、同い年ですねっ