異変に気付いたマックスが注射を握り締めた手を振り下ろした。
ヴィクターは立つ暇もなく、その腕をガッチリと掴んだ。
マックスはもう片方の手を注射器を握る手に乗せ、力を加えた。
同じく、ヴィクターも両手を使ってマックスの腕を掴み止め、
悪魔の薬液が詰まった注射針が刺されないよう、渾身の力を振り絞った。
互いに歯を食いしばる。
マックスはその平凡な体格からは想像がつかないほどの力を見せつけた。
注射針が徐々に、ヴィクターの首筋に接近してきていた。
ヴィクターは思い切り相手の足を蹴った。
マックスが痛みで呻いたところを、すかさず注射器を握る手に手刀打ちを見舞った。
注射器が音を立てて地面に落ちる。
ヴィクターはそれを思い切り踏み潰した。
注射器が砕け、不気味なピンク色の液体がじわじわと広がる。
マックスは足の痛みに耐えながら、部屋から飛び出した。
ヴィクターは追うのはやめ、ぐったりしているジーナに近寄った。
彼女の横では娘のナディアが泣きながら、母親の肩を揺すっている。
ジーナはぼんやりした目を開け、気にするように部屋を見回した。
ヴィクター
ジーナ
ジーナ
ヴィクター
ヴィクター
ヴィクター
ヴィクター
ジーナ
ヴィクター
と、ヴィクターは苦笑を浮かべた。
ジーナは泣き顔のナディアに大丈夫と手話を送り、安心させた。
ヴィクター
ヴィクター
ジーナ
ジーナ
ジーナ
ジーナはまだ痛む頭を押さえながらいった。
ヴィクターは電話で居場所をフランクリン警部に連絡しようとしたが、
あるはずの携帯がいつの間にか紛失している。
恐らく、さっきの事故で車内に落としたか、或いはマックスに奪われたのだろう。
ヴィクター
ヴィクター
ジーナ
ヴィクターは手話を通じてナディアに大丈夫かと尋ねた。
ナディアは弱々しく頷いたが、その目から母親を守ろうという強い意志を感じられた。
ヴィクターは先頭に立ち、警戒しながら部屋の外に顔を出した。
左右に長い廊下が伸びており、相変わらず錆の臭いが鼻孔を刺激する。
ジーナ
ヴィクター
ジーナ
ジーナ
いい澱んでからジーナはいった。
ヴィクター
ジーナ
ヴィクター
と、ジーナの服を握りしめるナディアを見下ろした。
ヴィクターはもう一度左右を確認してから、2人を連れて右の廊下を進んだ。
ジーナの指示に従い、ヴィクターは足を進ませながら耳を傾けていた。
何処からマックスが奇襲を仕掛けてくるかわからないからだ。
廃工場となると、なおさらマックスが武器を隠している可能性は高い。
いざ、銃で狙われてしまえば一巻の終わりだろう。
唯一、灯りがないのが彼らにとって救いではあったが、
ヴィクターたちの動きもいくらか制限されてしまうのも事実だった。
なるべく足音を立てず、3人は悪臭漂う暗い廊下を進む。
タバコを吸わないヴィクターにとって、ライターは不必要な物だったが、
今になってライターが他の用途にも使える代物だと気付かされた。
内心で持っていればよかったと、後悔したときだった。
前方からガラスが砕けたような音が、突然廊下に響き渡った。
3人は同時に足を止め、ゆっくりとその場にしゃがんだ。
沈黙…。
ヴィクターは地面を手探りして、なにかを掴んだ。
暗くて確かめようがないが、感触からして恐らく大きな薬瓶だろう。
液体が入った様子もないため、恐らく中身は空だろう。
それを手にし、沈黙が続いたのを確認してから2人に合図し、歩を進めた。
数分が経過し、ようやく前方に光が見えた。
突き当たりの窓ガラスから漏れている月光が廊下を照らしている。
ジーナ
ジーナ
ヴィクター
マックス
2人がギョッとして声のした背後を振り返った。
散弾銃の銃口をナディアの頭に押し付け、冷徹な笑みを浮かべたマックスの顔が月光により照らされていた。
腕をナディアの首を絞めつけて拘束している。
ジーナが声を上げて近寄るのを、ヴィクターが慌てて止めた。
彼は月の光に反射するマックスの目を見て、相手が本気であると思い知った。
マックス
ヴィクター
マックス
ヴィクター
ヴィクター
マックス
マックス
ヴィクター
ジーナ
ジーナ
マックスの腕が首に巻かれたナディアは口をわなわな震わせながら、
今、頭に当てられているのがいかに危険な物であるかを2人の反応で悟っていた。
3人の反応を見たマックスは愉快そうに口角を上げて笑った。
マックス
マックス
マックス
ヴィクター
マックス
マックス
ヴィクター
マックス
マックス
マックス
ヴィクター
マックス
マックス
次にマックスの口から漏れたのは絶叫だった。
ナディアが首に巻かれていた腕を力一杯噛みついたのだ。
天井を向いた散弾銃が強烈を音を響かせて火を噴いた。
ナディアは巻かれていた腕を振り払い、ジーナたちに駆け寄った。
マックスがたじろいだ瞬間を逃さず、ヴィクターは俊敏な動きで迫り、
持っていた薬瓶を相手の脳天に思い切り叩き付けた。
粉々に砕けた薬瓶の欠片とともに、マックスの体がドサッと音を立てて背中から倒れる。
ヴィクターは散弾銃を奪い取ろうとしたが、マックスも必死に取られまいともがく。
ヴィクター
背後でたじたじしているジーナとナディアに大声で叫ぶ。
ヴィクターとマックスは地面を転がりながら、散弾銃の奪い合いを繰り広げた。
再び、散弾銃が天井に向かって火を噴くと、ジーナが悲鳴を上げて駆け出した。
マックスがヴィクターの顔を殴った。
ヴィクターもお返しとばかりにマックスの頬を殴った。
もがいているうちに、マックスが散弾銃でヴィクターの首を絞める形になった。
銃の硬い感触が首を絞めつけ、ヴィクターは息苦しさと痛みを感じた。
遠退いていく意識の中で、ヴィクターは地面を手探りした。
さきほど、マックスの脳天にお見舞いした薬瓶の破片を掴んだ。
指先で鋭利な感触を確かめてから、その刃先をマックスの腕に突き刺した。
耳をつんざくほどの絶叫が木霊し、みるみる突き刺した個所から血が溢れる。
2回、3回と刺したところでヴィクターは散弾銃の絞首刑から逃れた。
が、朦朧とする意識では即座に太刀打ちできなかった。
マックスは腕を庇いながらヴィクターを突き飛ばし、そのまま走り続けた。
散弾銃を確保され、もはや逃げるしか術がないと判断したのだ。
ヴィクターも息苦しさと痛みに耐えながら、その後を追った。
転がるように外へ通じる階段を下ったとき、けたたましいサイレンが聞こえた。
新鮮な空気が漂う外の世界から数台の警察車両が姿を現す。
1台の車両から出てきたトーマスが、慌てて近寄ってきた。
トーマス
ヴィクター
ヴィクター
トーマス
トーマス
ヴィクター
ヴィクター
そのとき、工場の陰からエンジン音が轟いた。
1台のスポーツカーが刑事の静止を振り切り、一目散に逃げている。
ヴィクター
トーマス
トーマスがいい切る前に、ヴィクターは彼を押しのけ、覆面車に乗り込んだ。
赤色灯を回転させたままの覆面車は急発進し、スポーツカーの後を追った。
バックミラーからトーマスたちが戸惑っている様子が見えたが、
ヴィクターは構わずアクセルを力強く踏み、追跡を開始した。
ヴィクターの運転する覆面車とスポーツカーが並び合った。
時々、すれ違う対向車がクラクションを鳴らしながら避ける。
マックスが荒々しい勢いでハンドルをさばき、覆面車に車体をぶつける。
金属同士がぶつかる音が闇夜スラム通りに響く。
前方から対向車が接近してくる。
マックスがそれを見定め、車体を覆面車に再びぶつけてきた。
あわや、ヴィクターの乗る車は対向車と正面衝突しそうになったが、
すんでのところで避けて事なきを得た。
マックスがチッと舌打ちし、アクセルを全開に踏む。
みるみる覆面車との距離が広がるが、ヴィクターも同じくアクセルを踏み込んだ。
ほぼ直進のルートを2台の車は100キロ近い速度で全力疾走していた。
マックスがバックミラーで背後を確認した瞬間だった。
突然、ヘッドライトが別の車を照らし出した。
マックスは慌ててブレーキを踏むが、100キロ近い速度がそう簡単に落ちるはずもなく、
スポーツカーは路肩に停車していた車に猛スピードで衝突し、車体の左側が乗り上げた。
スポーツカーは轟音とともに回転しながら宙を舞い、
頭を地面にしたまま、火花を散らして数メートル進んだ。
ヴィクターは覆面車を停め、急いで逆さまになったスポーツカーに近付いた。
頭から血を流したマックスが運転席の窓から体を出した。
虚ろな目がヴィクターを捉えると、マックスは不敵な笑いを浮かべた。
マックス
ヴィクター
ヴィクター
ヴィクターはマックスの手に、覆面車から持ってきた手錠を掛けた。
そのときになって、初めてスポーツカーのガソリンが漏れていることに気付いた。
ヴィクターは瀕死のマックスを抱え上げると、一目散にスポーツカーから離れた。
ほぼ、覆面車に辿り着いたと同時に、
スポーツカーは激しく爆発した。
2020.09.12 作
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