僕たちはカヤがよく行くというBARにやってきた。BARと言っても先程のレストランのようなお堅いフォーマルなBARでは無く、カウンターと立ち飲みテーブルがいくつか並んだカジュアルなBARだった。
店内には僕らの他に既に三組ほどいて、備え付けのダーツを楽しんだり、各々談笑に浸っている。
バーテンダーもマスターと言うには似つかわしくなく、いかにもアルバイトといった若い男が二人カクテルを作ったりなどしていた。
カケル
さっきは、急に押しかけたりして悪かったな。

僕
いや、全然…。

カケル
それで、なんだ話って

カヤ
い、いや〜
こんな話、するべきじゃないのかもだけど…

カヤ
あのね、あたし二人とは友達でいたいんだよ

僕
???

カケル
は?

カヤ
そりゃ、あたしも最初は彼氏欲しくて始めたアプリだったけど…

カヤ
でも、カケルに会って
今のあたしにはもったいないくらいの、ちゃんとした好きを持ってくれている人に出会えて

カヤ
それで、好きを忘れられずに前に進もうとしてる君に出会ってさ

カヤ
あたしの好きってなんだろうって。二人の好きってなんだろうって、もっと知りたくなっちゃった……って感じ?かな…。

僕
(にしても友達って…。)

カケル
全然意味わかんねーぞ。
答えになってねぇ。
俺が友達はまだしも、こいつもか?
別に会ってはじめまして好きです、って訳でもねぇんだろ?

カケルの言うとおりだ。
たしかにカヤは魅力的だし、惹かれ始めていたが先手打ってお友達、は理解できない。
カヤ
うーんと…。
あたしが二人とも好きなんだ、ぶっちゃけちゃうと…。
カケルの熱意も凄く嬉しい。
だけど、同じくらい目の前の彼が魅力的なんだよ。

カヤ
彼自身何を考えているかが分からないまま、言葉を紡ぎ出していて、葛藤していて。
見ていて応援したくなるっていうか、あたしの中の分からないものを一緒に考えたいって、思っちゃったんだ。

カヤ
好きを知るのに、初めても3ヶ月も関係ないじゃない?

カケル
…。
その好きがなにか分からねぇんじゃねぇのかよ。

カヤ
だからだよ。

僕
……。

会話の中で、共感できる要素は一つも見当たらなかったが、それでも好きが分からないというテーマは僕にも理解できた。
僕
でも、じゃあなんで友達に…?

カケル
そりゃそうだ
俺もそう思う

カヤ
…。

カヤ
あたし、二人をもっと知りたい。
二人にあたしをもっと知って欲しい。

カヤ
だから、お友達……かなって。
あはは…。

カヤ
ごめん、すっごい失礼だよね…。

僕
…。

カケル
あー、すっげー失礼だわ

カヤ
…ごめん。

カケル
でも、分かった。
俺は諦めてねぇし、ぽっと出のこいつに負ける気もサラサラねぇ。

カケル
それで、カヤと仲が深まるって言うなら俺はアリだ。俺も、まだカヤのことなんでも知ってるってわけじゃねぇからな。

僕
…。

カケルは堂々と、恥ずかしげもなく
ただ真っ直ぐにカヤを見ている
スラッとした高身の彼は僕から見てもカヤにお似合いの男だが、それ以上にカケルの内面に僕すら惹かれていた。
カケル
んで、あんたはどうなんだ。
今日会って、カヤが好きですってわけじゃねぇんだろ。
俺としては、ライバルは少ない方がありがたいわけだが…。
どう選択しても別に俺は俺のやりたいようにやる。

カヤ
…。

僕は頼んでいたジントニックを二口飲んで口を開いた。
僕
カケルくんの言う通りだ。

僕
でも、きっと僕はカヤちゃんを好きになる。

カケル
???
なんだそれ?

僕
カヤちゃんの言葉で前へ進めた。
けどカヤちゃんの言葉の真意をカヤちゃんも、僕も理解出来ていない。
だから、僕もカヤちゃんと同じ気持ちなのかもしれない。

僕
会ってすぐだし、何言ってんだって思われるかもしれないけど。
カヤちゃんに会う前の僕より確実に、今の僕は前に進んでるんだ。
カヤちゃんと進んでみたい。

カヤ
……。

カヤ
そっくり、だね。

カケル
……どこがだよ?

カヤ
ううん、こっちの話。

僕
……?

どこか含みのあるカヤに僕とカケルは小首を傾げることしか出来なかった。
カケル
…まぁでもあんたの気持ちは分からなくはないが、浅すぎるだろ。
時間も言葉も。

僕
……。

僕
たしかに、カヤちゃんとは今日初めて顔を合わせて話したよ。

僕
でも、なんだろう。
とても懐かしいんだ。

カケル
……?

僕
カヤちゃんと話していると、自分の知らない気持ちに気づける。いいところも悪いところも。

僕
俯瞰(ふかん)して自分を見てくれている。
まるで、ずっと僕を知ってくれていたかのような…。

カヤ
……!

カケル
ふーん。

僕
今の時点で豪語するのはたしかに浅いかもしれない。
でも、僕は時間だけじゃないこの好きの感覚を知りたい。

カケル
……カヤと似たようなこと言ってんな。

カヤ
あたしだって、まだ好きが何かはわからない。
それでも、彼を手放したくない。

カケル
……よくわかんねぇけど

カケルはハイボールをゴクリと飲み干し、グラスを叩きつけるように僕の目を睨む。
カケル
半端じゃ負ける気しねぇよ。

僕
それは僕も同じだ。

負けじと僕も手元のグラスを飲み干しカケルのグラスに叩きつけた。
カヤ
あはは…随分な乾杯ね。

カヤが上からカチャリとカシスオレンジを僕らのグラスに重ね合わせた。
妙な出会いの僕らのゴングが賑やかなBARにひっそりと鳴り響いていた。