結局パスタとジュモクパプという炭水化物だらけの昼食になってしまった。 それを3人で分け合うという妙な食卓に、ジョングクが加わっている事がもっと妙で不思議な事だったけれど。
ジン
食器の片付けも早々にジンヒョンが電話を受けながらベランダに出て行った。 敬語を使ってるから察するに、タトゥーの依頼の変更か何かだろう。
懐かしめの木製の食卓の椅子に座ったままのジョングクは、さっき最後のジュモクパプを口に入れたところで、まだもくもくと口を動かしている。
そして僕は食器をシンクの中に置いた後で、ひとまず食後のコーヒーの準備をする。 全くお洒落でも何でもないバラバラの柄のマグカップしかないが、もう仕方ない。
我が家にはコーヒーマシンなんて小洒落た便利な物は置いてなければ、そもそも置く場所もないのでお湯を沸かしてあとは粉を溶かすだけ。
グク
ケトルのお湯が沸くよりジョングクの質問が先だった。
ホソク
グク
'あ'の時にジョングクの目が一層丸くなっていた。
"余計な事"は言う必要ない。 ジンヒョンもわざわざ人に吹聴する様な事ではないと何度も言っていた事だし 僕もそう思う。
だからタトゥーがもう1個ある事は言わない。 こういう時の嘘は仕方ないと思う。
お湯が沸いてマグカップに注ぐ僕に
グク
ホソク
マグカップの中からカフェオレの香りが立つ。
グク
3個のマグカップそれぞれをスプーンで掻き混ぜると、時々スプーンとカップがぶつかる金属音が響いた。 その合間にジョングクがまた'あ'と口にするから、そこでやっとジョングクと目を合わせる事となった。
グク
ジョングクの目の前のテーブルにマグカップを置いた僕が何を考えてるか、自身の肩を撫でつつ話し続けるジョングクは知る由もない。 傷痕があるなんて僕と同じだ、って。
意味は違えど。
それぞれに事情がある。
火傷だったり、怪我をしたり、手術をしたり、簡単に口にできない傷痕が。 ジョングクのそれにも何かしら事情があって出来たものなのだろうから、それについて触れる事はしなかった。
僕のそれにも誰も触れないのと同じように。
僕のお腹にイルカが海面を飛ぶタトゥーが入った。 丁度お臍の右横辺り。 線画のシンプルな物だが、幅的には10センチくらいにはなる。
'掻くなよ?'とジンヒョンが必ず念押しするのだが、今まで一度も掻いた事はない。 どれだけ痒くても、だ。
彫った部分が隆起して、その周囲の肌が薄ピンク色になってるのを見るのが好き。 単純に、彫ったんだという実感が湧くから。
ジン
質素なプラスチックのゴミ箱に使い捨て手袋を投げ入れたジンヒョンに呼ばれて、捲し上げていたTシャツをやっと下ろす。
ジン
いつの間に? 何故か"なんで?"よりそっちが先だった。 どっちを先に聞こうか迷った一瞬の間に
ジン
ジンヒョンが先にまた喋った。
免疫なんて大袈裟だ。 と思うけれど、ジンヒョンがそう言うのも無理もない、とも思う。
ホソク
ホソク
ホソク
テレビと同じなんとも可愛らしい顔を思い出す。
ジン
ホソク
ジン
ジン
珍しく兄らしい事を言うから、無謀だの大勝負だのそんな言葉は言えなくなってしまう。
3年前。
本人である僕も心身共に傷を負ったけれど、同じくらいジンヒョンも傷を負ったのだ。 違いは目に見えるか見えないか、だけ。
もうほぼ時効だと思うのに、事あるごとに古傷が鈍く疼いて、その度に"まだだ"と言われてる気にはなる。
まただ。 また目が覚めてしまった。
アラームは365日毎日7時半にセットしているのに、それより先に目が覚めるこの瞬間。 不愉快で、落ち着かないし、こうなるともう二度寝は出来ない。
仕方なく上半身を起こして目を向けるのはカーテンの向こう側。
朝日が出るか出ないか、そのせいで幻想的なグラデーションに染まる空。 この時間はまるで僕以外の誰もこの世に居なくなったみたいに、変に静かで変に冷たい。 そしてーーー怖い。
ベッドサイドの時計はまだ午前5時を過ぎたばかりだ。 ジンヒョンを起こすわけにはいかない。 一体、いつまで僕はこんな事に悩まされないといけないのか。
ベッドの上で膝を抱えて目を硬く閉じたのに、枕の下敷きになっていた携帯から通知音が聞こえた。
既読になったからか、ジョングクからの吹き出しが一気に数個並んだ。
初めて連絡を寄越す時間が午前5時なんて、普通なら非常識極まりないもいい所だが。 僕は普通じゃないから。
『ジョングガ』
名前だけ返すと即座に"なに?"と来て
『ちょっと電話してもいい?』
既読は付いたが返事がなくなった。 でもそのかわり、知らない番号からの着信で携帯が騒がしく鳴り出した。
グク
通話
00:00
相手が誰だろうとも、この時間は"もしもし"の第一声に気を張る余裕などない だからただ"応答"をスライドして携帯を耳に当てた。
グク
ジョングクの声は昼間と同じトーンで
ホソク
それに安堵したのか意外と普通に喋れてる僕がいて
グク
今のこの世界の静けさを打ち消す様なジョングクの笑い声に、'そっか'と僕まで笑う事が出来た。 目を閉じて暗い世界に耐えて、本当の朝が来るのを待つだけのこの時間に僕が笑うなんて。
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