薬の箱の残りを数えて、ため息をひとつ
あと三錠。……次の発情期まで、もつかどうか
机の奥にそれを押し込み、制服の襟を整える
鏡に映った自分の顔は、相変わらず“ヤンキー”に見えるらしい
クラスの連中はそう呼ぶ
喧嘩っ早くて、教師に逆らって、授業は居眠り常習犯
でも実際のところ、ただの「普通の高校生」だ
少なくとも――“Ω”だなんて、誰にも知られたくない
薬を飲んで、笑って、殴って
それで全部、誤魔化せると思ってた
……あの先輩に会うまでは
朱雀鏡夜
成績トップ、顔が良くて、喧嘩もそこそこ強い
だけど、何よりムカつくのは――
あの人、俺のことを見抜いてる気がする
教室に入った瞬間、いつもの視線が刺さる
興味半分、怖がり半分
――“夜凪璃央、喧嘩で他校の三人倒したらしい”とか、
――“警察呼ばれたことあるらしい”とか
くだらない噂ばっかだ
実際、そんなこと一度もしてねぇのに
……まあ、否定するのもめんどくさい
航
隣の席から声をかけてきたのは、航(わたる)
数少ない、俺の“まともに話せる友達”
航
璃央
航
航が笑う。俺もつられて、口の端だけ上げた
教室の窓から入る光がやけにまぶしくて、外のグラウンドではバスケ部が走っている
俺は、そういう普通の光景が、いつか自分には関係なくなる気がしてならない
薬の副作用で、体がだるい
最近は匂いにも敏感になってきた気がする
発情期が近い――そんな予感が、ずっと喉の奥に張りついてる
航
航の何気ない言葉に、手が止まる
璃央
興味ねぇ、みたいな声を出したけど
胸の奥が、ざわついた
朱雀鏡夜
あの“クズ先輩”
俺が唯一、避けてる人間
なのに――目が離せないんだよな
俺が避けてるのは、あいつがαだから
別に嫌いとか、そういうんじゃない
ただ、どうしようもなく“怖い”
俺はずっと薬で“Ω”の匂いを誤魔化してきた
それでも、αの近くに行くと、どこか落ち着かなくなる
喉の奥が焼けるみたいに熱くて、体の奥で、何かがざわめく
αっていうのは、たぶん、生まれつき違う生き物なんだと思う
力も、匂いも、存在感も
誰も言わないけど、俺たちΩはそれを本能で分かってる
だから、俺は避ける
目を合わせない
近づかない
なのに――あの人は、いつも不意打ちみたいに現れる
廊下の角とか、階段の途中とか、購買の列とか
気づけば、すぐそばにいる
まるで、俺が逃げる方向を知ってるみたいに
昼休み。購買前の廊下は、いつもみたいに混んでいた
パンの列がずらっと並んで、熱気と声がごちゃごちゃに混ざる
――このくらい騒がしいほうが、俺にはちょうどいい
誰にも気づかれずに、薬の匂いで誤魔化せる
カレーパンを取って、列から離れようとした、そのとき
肩がぶつかった
反射的に振り返ると、そこにいたのは――朱雀鏡夜
……最悪
髪を無造作にかき上げて、無表情のまま俺を見る
距離、近すぎ
心臓が一瞬で跳ねた
鏡夜
低くて、少し掠れた声
なのに、妙に響く
璃央
そう返すのがやっとだった
でも、その瞬間――空気が、変わった気がした
鏡夜が、少しだけ眉をひそめる
視線が、俺の首元に落ちた
やめろ
その目で、嗅ぐな
――まさか、気づいた?
そんなはず、ない。薬はちゃんと飲んでる
でも、今朝は少し時間を空けすぎた
汗ばんだせいかもしれない
ほんのわずかに、Ωの匂いが滲んだのかも
鏡夜
鏡夜がぼそっと言う
その声が、妙に低くて。冗談みたいに笑ってるのに、どこか探るようで
喉が、詰まった
璃央
短く答えて、すれ違いざまに距離を取る
背中に残る視線が、痛い
――あの人、やっぱり何か、気づいてる
鏡夜視点
――あのとき、何だったんだろうな
購買でぶつかった夜凪璃央のことが、頭から離れない
柔軟剤の匂い、なんて言ったけど
あれは違う
もっと、こう……脳の奥に刺さるような、甘い匂いだった
αの本能が、瞬間的に反応したのが分かった
喉の奥が熱くなって、心臓が早くなる
“発情期のΩ”に反応するような、あの感覚
でも、そんなはずない
この学校にΩはほとんどいないし、夜凪がそうだなんて――ありえない
あいつはいつも不機嫌そうで、誰にも心を開かない、ヤンキーだ
目が合うと睨んでくるし、関わる気もない
……それなのに、なんであんな匂いがした?
窓際の席に座って、無意識に指先を鼻に寄せてみる
ほのかに、あの甘ったるい残り香
鏡夜
呟いて、苦笑する
俺は別に、“発情期”の女を探してるわけじゃない
それに、Ωと関わるのは面倒だ
発情だの、番だの――縛られるのは性に合わない
それでも、あの瞬間だけは――
理屈じゃなく、体が反応した
あいつの首筋の、あの薄い汗の匂いが、妙に、頭から離れない
心の声が多くなってセリフが少なかった
ごめん🙏
♡とコメントお願いします🤲
コメント
2件
最高です好きです早く続きみたいですまだですかだいふく様様がんばってください