授業開始のチャイムが鳴ってもまだ教師は現れない。
これ幸いとばかりにテニスコート内にあちこち咲いているお喋りの花が活性化していく。
俺も少し前までは「授業時間が減った」と吉田達と喜んでたけど、今は目すら合わせようとしない。
俺の周りにお喋りの相手はいない。 ……こともない。
山崎 孝太
同じく1人でいる男子生徒にかなり頑張って声をかけると、相手の肩が震えた。
鳴沢 柚月
とある理由で俺は吉田の怒りを買い、学校生活は一変した。
クラス全員から無視され、身の回りの物を隠されるようになった。 昨日はとうとう靴まで隠された。
その時に一緒に探してくれたのがこの男子生徒___鳴沢 柚月だ。
昨日のお礼を言わなければ、と今日幾度か様子を窺っていたが、それまでの互いの立場上なかなか話しかけられずにいた。(現在3時間目)
山崎 孝太
鳴沢 柚月
鳴沢柚月は体操服の裾を掴み下を向いたまま続ける。
鳴沢 柚月
山崎 孝太
山崎 孝太
鳴沢 柚月
「いやースマンスマン」 体育教師が小走りでこちらに向かいながら集合をかける。
コートに散らばっていた生徒達がお喋りを切り上げ1箇所に集まる。 __会話が自然終了する前に急いで口を開いた。
山崎 孝太
鳴沢柚月は少しだけ顔を上げると上目遣いで恐る恐るという風に口を開いた。
鳴沢 柚月
山崎 孝太
鳴沢柚月は小さく はにかむと ぺこりと頭を下げた。
鳴沢 柚月
山崎 孝太
取り巻き
1人の男子生徒が興奮気味にテニスコートの一角を指さした。
指さす先にはコートに背を向けて壁打ちしている孝太と柚月の姿があった。 男子生徒の仲間に嘲りの色が浮かんだ。
「やば」 「負け戦じゃん____なぁ吉田」
吉田
名を呼ばれた男子生徒はさして興味無さそうにラケットを弄んでいたが、 不意にガットに爪を立てた。
そのまま指を下にスライドする。 ガットが軋み音を立てた。
吉田
昼休みを挟んだ5時間目も移動教室だ。
昼休み終了5分前。教室内の生徒も授業の準備を始め出した。 俺も教室後方のロッカーに向かった。
今回は理科の実験で、教科書と併せて実験の詳細が記載されている冊子も必要になる。 冊子は実験の時しか使わないのでいつもロッカーにしまってる。
__そのロッカーに、見覚えの無い物が混じっていた。 黄緑の大学ノート。名前を確認すると「鳴沢柚月」とあった。
どうして俺のロッカーに鳴沢柚月のノートが入ってるんだろう…と思いながら とりあえずノートを鳴沢柚月に渡す。
山崎 孝太
鳴沢柚月も心当たりが無いようで、ノートを受け取りながら首を傾げていた。
___その様子を教室後方に陣取っていた吉田達が見ていたらしく、取り巻きの1人が わざとらしく声を張り上げた。
取り巻き
吉田
吉田
とある箇所を わざわざ強調した吉田の発言にクラス中の視線が俺に集まった。
俺はため息を吐きながら鳴沢柚月を促して教室を出た。
だけど俺の耳は取り巻き達の会話をしっかり捉えてしまった。
「成功成功」 「お前体育のあと全力ダッシュしてたもんな」 「次お前の番だからな。しっかり やれよ」
………面倒臭い予感がする。
翌日
時間割変更で今日も6時間目に体育がある。 今は昼休み。俺は1人で塾の宿題を片付けていた。
この問題分からないな、どうしようかな…と思っているところで 事件は起きた。
取り巻き
騒いでいるのは例によって吉田のグループだ。 「無い無い無い。無いんだけど!ジャージだけ消えた」「なんでジャージだけ?」「誰か盗んだとか?」
嫌な予感がする…と思った時にはジャージが無いと騒いでいた取り巻きが俺の机の前に来ていた。
取り巻き
山崎 孝太
取り巻き
取り巻きは声を張り上げると俺の筆箱を手の甲ではたき落とした。 開けっぱなしに していたので中身が床に散乱する。
「やっば、ガチギレ」 「まぁ昨日も柚月のノートがロッカーに入ってたもんなー」 「オレらはそんなこと出来ないわー。菌が付いちゃうし」 「なー」
やけに芝居がかった口調で一通り取り巻き達が煽ると__これまで やり取りを静観していた吉田が おもむろに立ち上がった。
静まりかえった教室内を吉田は悠然と歩き、俺のロッカーの前で止まった。
一拍置いてロッカーからジャージを引っ張り出した。
吉田は胸に印字されてる名前が見えるようにジャージを掲げると顔の横で ひらひらと振った。
吉田
取り巻き
山崎 孝太
取り巻き
取り巻き
パチ __と何かが弾けた。
持っていたシャーペンを机に叩きつけると立ち上がった。
山崎 孝太
吉田
沈黙を破ったのはまたも吉田だった。 吉田は取り巻きにジャージを放ると、取り巻きの隣に立った。
吉田
山崎 孝太
吉田
吉田
吉田
吉田は大声で忠告すると取り巻きを促して自席に戻って行った。
クラス中の視線が俺に刺さる。 …………こうなることは吉田に反抗した時から覚悟していたことだ。
俺は床に散らばった筆箱の中身の回収にかかった。
「お前この前の あれ名演技すぎるだろ」 「だろー?シビれた?」
週が明けても教室はいつも通り___クラスの人と山崎君の間に決定的な溝が出来ていた。(僕は相変わらずだけど)
山崎君は頬杖をついて窓の外を眺めていた。 この前まで吉田達と一緒に行動してたことが信じられないくらい孤立している。
__庇ってくれてペアにもなってくれたのに僕は このまま黙ってるだけでいいのだろうか。
でもなんて声をかけたらいいか分からない。 ___モヤモヤと悩んでいるうちに今日も朝のホームルームが始まった。
今日のホームルームは、今週は美化ウィークなので掃除を丁寧にすること、とのことが伝えられた。
僕の学校は各学期に1回「美化ウィーク」が設定されている。 掃除の様子、掃除後の状態を美化委員がチェックして
各学年で1クラス、最も美化活動に貢献した所を選出し表彰する。 (美化ウィークは だいたい参観などの行事前に設定されている)
___そんな美化ウィークも計画に入っていたらしい。ホームルームが終わると吉田は取り巻きを引き連れて山崎君の元に向かった。
吉田
吉田
山崎 孝太
吉田
吉田は間髪入れずそう答えた。 __今日から球技大会2週間前でもあるので、大会種目は申請すれば場所を借りて練習することが出来る。
テニスコートも例外ではなく、つまり山崎君の所属するテニス部は部活開始時間が1時間後ろにずれる。
吉田
吉田
吉田
山崎 孝太
吉田
吉田
吉田
吉田は山崎君から____僕に顔を向けた。 喉の奥で しゃっくり のような音が出た。
____吉田は僕の机の前まで来ると
机の中央に片手をつき身を乗り出した。 冷たい声が耳を刺した。
吉田
吉田
鳴沢 柚月
何か言わないといけない、と分かっていても言葉が出ない。
心臓がバクバクする。何か言わないと____何か
西谷 春翔
__教室のドアが開いて先生が入って来た。 張り詰めていた空気が ふっと緩むのを感じた。
取り巻き
西谷 春翔
西谷 春翔
吉田
吉田は机から手を離すとポケットに突っ込んだ。
吉田
吉田は僕の机の足を蹴ると冷めた顔をして教室を出て行った。
「分かってるだろうな」と言われた気がして心臓はしばらくバクバクしていた。
僕はどうしたらいいんだろう
放課後までモヤモヤと悩んで、考えて、迷って _______決めた。
帰りのホームルームが始まる前に体操服に着替えた。 ホームルームの後 山崎君に「1階は僕がやるから」と早口で告げて荷物を抱えて急いで教室を出た。
僕は部活に入ってないから時間はたくさんある。 たくさん悩んで考えて迷ったけど、これが僕の答えだ。
__生徒用のトイレ掃除は終わった。(もちろん水撒きもした) あとは来客用トイレだ。
来客用トイレの、引き戸タイプのドアを開けて中に入____ ___ろうとした瞬間
誰かがドアを後ろから押さえた。
吉田
背中に強い衝撃を覚えた。床に肘を強く打った。
僕を突飛ばした吉田は取り巻きを連れてトイレ内に足を踏み入れた。最後に入った取り巻きが後ろ手でドアを閉める。
吉田
吉田は未だ床に手をついて立ち上がれずにいる僕の前で屈むと目線を合わせてきた。 息が苦しくなった。
吉田
吉田
吉田は取り巻きから1冊のノートを受け取ると僕の鼻先に突き出した。…確かに山崎君の名前が書かれている。
取り巻き達がニヤニヤしながらノートを見下ろした。 「確か今日理科の宿題出たよな」「あいつ理科超苦手だからヤバいんじゃね?」
鳴沢 柚月
これを受け取ったら吉田達は退室してくれるだろうか。 でもこれが無いと山崎君は宿題が出来ない。
___心臓がバクバクする。それでも それでも僕は首を横に振った。
鳴沢 柚月
吉田
鳴沢 柚月
吉田
吉田は笑みを浮かべてノートを引っ込めると 僕の耳を掴んで上に引っ張った。
鳴沢 柚月
吉田
吉田
吉田
西谷 春翔
俺がデッキブラシでトイレの床を擦っていると廊下から悲鳴が聞こえた。
ドアを開けてみると、先生がぎゃあぎゃあ騒いでいた。
山崎 孝太
西谷 春翔
見れば確かに15センチくらいのムカデが廊下を這っていた。
__俺はため息を吐いて うねうね動くムカデを捕まえると腹部に取り付けられているボタンを押した。俺の手の中でムカデは動かなくなる。
西谷 春翔
山崎 孝太
西谷 春翔
山崎 孝太
西谷 春翔
先生はドアの近くに置いてある俺の荷物を指さした。 ……閉めたはずのファスナーが開いてる。
西谷 春翔
山崎 孝太
西谷 春翔
山崎 孝太
山崎 孝太
西谷 春翔
吉田
吉田の苛立ちの混ざった声が降ってくる。 床に倒された僕は吉田と取り巻きに体の各所を蹴られていた。
鳴沢 柚月
吉田は舌打ちすると僕の顔を踏みつけた。
吉田
吉田
痛い。怖い。 __でもこれは受け身じゃない。
僕自身が選んだ、僕なりの反抗だ。 山崎君はノートを盗んだりしない。だから僕も卑怯なことしない。
鳴沢 柚月
吉田
「……なにお前掃除は?……うわ菌がついた手で触るなよ…あ、やめろ開けるな__
__ドアの外で見張りに立っていた取り巻きの1人が何やら騒いで……
山崎 孝太
ドアが開いて、山崎君が入って来た。 視線は吉田が手にしているノートに注がれている。
取り巻き達の顔に動揺が走ったが吉田の顔色に変化はなかった。 僕から足を放すと肩をすくめた。
吉田
吉田
__山崎君は、余裕の笑みを浮かべる吉田に視線を移すと、静かにはっきりと言った。
山崎 孝太
吉田
山崎 孝太
山崎君が静かな口調で断言した直後___もう1人の人物が入り口に立った。
西谷 春翔
取り巻きの1人が「しまった」という風に顔を歪めた。 __吉田が面倒臭そうにため息を吐いた。
吉田
吉田はノートを床に叩きつけると取り巻き達を促して入り口に向かった。
吉田
取り巻き
西谷 春翔
吉田
西谷 春翔
先生と吉田達の声が遠ざかる。 トイレには僕と山崎君が残された。
山崎 孝太
起き上がって埃を払うと山崎君が気遣わし気に訊ねた。 頷くと山崎君はしゃがんで ノートを拾った。
山崎 孝太
山崎 孝太
山崎 孝太
鳴沢 柚月
顔を上げると山崎君も こっちを見ていた。 僕は山崎君の目を真っ直ぐ見据えながら言葉を紡いだ。
鳴沢 柚月
山崎 孝太
西谷 春翔
西谷 春翔
いつの間にか入り口に先生が立っていた。
西谷 春翔
頷いて立ち上がろうとすると__山崎君が手を差し出した。 恥ずかしそうに山崎君が微笑む。
山崎 孝太
鳴沢 柚月
差し出された手を掴んで立ち上がった。
窓から差し込む夕日が僕と山崎君__孝太君の手をオレンジ色に染めていた。
コメント
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初期の頃に比べて、2人とも成長を……(誰目線) 結局成長してないのは吉田と取り巻きだけですね… 柚月くんが自分の意思で抗うと決めたのがとてもとてもかっこよかったです!!!