『君が、好きだから。』

笑いながら、ふと空を見上げた。

彼の隣で、晴れた空を見るのはいつぶりだろうか。

そう考えたのは向こうも同じだったようで、少しの沈黙が流れた。

そう言って、彼は苦しそうに笑った。

少し僕を見つめたあと、再び視線を空へと戻した。

そう言って、走り出した時。

彼が、突然足を止めて、あ、と呟いた。

彼の手を引いて、また歩き出す。

こういう事をするのも、本当にいつぶりか分からない。

でも、それはかけがえのない日々だったと、それだけは分かっていた。

普通に雑談をしていた時だった。

さとみくんが、突然手を握ってきた。

ここは、結構人が通っている道なのに。

僕は、何を言っているんだろう。

今の僕は、男の姿ではないのに。

彼の隣にいると、すっかり今の姿のことを忘れてしまう。

別に、男女が手を繋ぐことは珍しくないんだ。

少し前とは違う雰囲気で話していると、店に着いた。

彼との思い出が詰まった店を見て、少し胸が温かくなる。

カランカランー·····

彼女について行きながら、さっき聞いた言葉を頭の中で繰り返していた。

応援してる、か…

世の中には、そういう温かい言葉をくれる人もいるんだな…

さとみくんの言葉に頷いた後、彼女はこちらを見て微笑んだ。

その笑顔も懐かしいな、と思う。

そうなのかと聞かれれば、まぁ、そうなのだと思う。

僕の思いは、たださとみくんに幸せになって欲しい…それだけだったから。

男と付き合っていたことなんて忘れて。

僕のことも、忘れてしまえば。

モテる彼は、すぐに女性との幸せな道を歩めると思った。

それが、僕の一つの願いだった。

決心とも言えたかもしれない。

危ない…流石にあんな事大声で言ってたら、おかしく思われちゃうよね。

でも…なんかなぁ。

さとみくんと居ると、自分が女の姿ってこと忘れちゃう。

そう問いかけると、さとみくんは少し視線をずらして頭を搔いた。

図星だから、反応に困っているように見えた。

少し悩んでから、ブラックコーヒーを口に入れた。

それでも、彼の顔はまだスッキリしていなかった。

どうやら、思い出せないようだ。

急いでカップを手に持って、飲み始める。

懐かしくて、優しい味がした。

お互い飲み終わったことを確認すると、彼は、奢るよ、とだけ言った。

いつもの様に割り勘しよう、と言っても、苦笑いするだけだった。

店を出てから、僕等は一言も口を聞かなかった。

ただ、何となく喋る気にならなかった。

それだけ言って、再び黙った。

彼とこうして隣を歩くのは、昔から好きだった。

何となく落ち着いて、好きだな、と思える時間。

周りからは、単なる友達同士にしか見られないって分かってた。

二人で歩いていて、カップルかな、なんて囁かれることなどないと。

それでも、隣で歩くという行為が、唯一他の人がいる前で出来ることだった。

弱い僕は、人前で手を繋ぐことも、キスすることも出来ないから。

この時間だけは、誰にも否定されず、堂々とできるのだった。

それだけ言って、彼は家の中へ入っていった。

僕もそれに続きながら、さっきの言葉の意味を考える。

しかし、それにはあまり時間がかからなかった。

僕にはその事を忘れられる時間があっても、姿を見続ける彼はずっと違和感を感じていたはず。

だから、少し女扱いしてしまうのも、仕方ないのかな。

カフェで笑っていた時、彼はどんな気持ちだったのだろう。

心の底から笑えていたのか。

緊張させたりしなかったか。

考えれば考えるほど、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

そして、僕は久しぶりに彼の家へと入っていった。

そこまで言った時、視界にあるものが映った。

それは、とある写真だった。

突然、彼の目付きが真剣なものに変わり、僕を見た。

そして、ころんはね、と口を開く。

少しだけ、戻れたと思った。

恋人同士として、過ごしていた時に。

でも、それは僕だけだったということを知るのは、まだ先の話。