山田
お? どうした佐藤。

鈴木
どうせまた、くだらないこと言い出すんだろ?

佐藤
あのさ、俺――これまで生きてきた中で、トーストくわえながら『きゃー、遅刻、遅刻』って言いながら走ってる女子を見たことがないんだが。

鈴木
そもそも、自らの失態を声に出しながら、町内にお知らせして回ってるようなアホはさすがにいないだろ。

山田
で、曲がり角で見知らぬ男子とぶつかって、学校に行ったらそいつが転校生で、恋が始まるパターンだよなぁ。

佐藤
大体、遅刻しそうで急いでるってのに、トーストはないだろ!

佐藤
トーストはぁ!

佐藤
いいか?

佐藤
あいつをこんがり焼くためには、数分程度のお時間をいただくことになる。しかも、トーストしただけのパンではあまりにもパッサパサで喉の通りも悪い。となると、必然的にマーガリンを……マーガリンを塗らにゃならんわけだ!

佐藤
もしくは、甘くて苦いマーマレードをだ!

山田
やべぇ、いつものはじまったわ。

佐藤
焼きたてのトーストほどマーガリンが塗りにくいものはない!

佐藤
なんかこんがりした焼けカスみたいなのがバターナイフにくっついてくるし、パンクズはパラッパラ落ちるしよ!

佐藤
時間が無い割に準備するまでに時間がかかるうえに――。

佐藤
なぜか不意に胸がときめく始末だ!

佐藤
なぜトースト?

佐藤
遅刻するほど時間ないくせに、時間がかかる食べ物をチョイスするセンスなんなの?

佐藤
どんだけ洋風かぶれなんだよ!

佐藤は激怒した。必ず、かの邪智暴虐のトーストを除かなければならないと決意した。そこに申しわけなさそうに山田が割って入った。
山田
いや、それはお母さんが用意してくれたんじゃ――。

佐藤
だったら……だったらお母さんも自分の娘を早めに起こしてあげればいいじゃない!

佐藤
早く起こそうとせず、万が一の時のためにトーストだけ用意しておくからぁ、娘は自分の失態を周囲に喚き散らしながら学校まで走って行くことになるの!

佐藤
しかも口の中パッサパサだぞ!

佐藤は地団駄を踏んだ。遅刻しそうな娘のためにトーストを焼くのは良い。決して悪いことだとは言わない。けれども、そうなる前に起こしてあげるのが母の役目なのではないか。母の味であるべきはミルキーだけではないのだ。
鈴木
待て。しかし――だからこそ転校生と曲がり角でぶつかることができ、最終的にハッピーエンドとなるんだから、結果オーライじゃないか?

鈴木がフォローに入るが、しかしそれがさらに山田の怒りを駆り立てた。そう、転校生にも明らかな問題がある。
佐藤
そもそも、そんな遅刻ギリギリの時間に、主人公的な女子と曲がり角でぶつかる転校生ってなんだよ!

佐藤
初日から遅刻する気満々じゃねぇか!

佐藤
初日は30分前に学校行っとけ。何があるか分からないから!

佐藤
絶対に仕事できねぇタイプじゃん、そいつ!

佐藤
それに、曲がり角で主人公的な女子とぶつかった時にだ、お互いに出会い頭みたいにぶつかるけど、普通に考えたらおかしいからな!

佐藤
主人公的な女子と転校生は学校を目指している。そして、ある意味学校へと向かう合流地点でぶつかるわけだ。つまり、ぶつかった時点で両者は同じ方向へとベクトルが向いているわけだから――もしぶつかるとなると……

佐藤
ラグビーの反則みたいに、転校生の背後からマーガリンがベッタベタに塗られたトーストをくわえた主人公的な女子が、タックルをお見舞いすることになる。

山田
でも、実際には出会い頭でぶつかってるってことは――転校生、初日から学校の場所分からなくなってない?

佐藤
あの、方向音痴野郎がぁ!

佐藤
今日ばかりはただじゃ済まさねぇ!

そう言って駆け出した佐藤は、出会い頭に中学生の乗る自転車に轢かれた。