1989年11月9日
仕事が終わる時間になってもキリルは来なかった
ニコラス
………………
ニコラス
そろそろ、やばくなってきたかな
ニコラス
今日の渡航の制限解除
ニコラス
きっと世界で一番素敵な勘違いになりそうだ
ニコラス
もうすぐ夕方か
ニコラス
キリルの職場に行ってみようかな
ベルリンの壁前
キリル
落ち着いてください!
キリル
お願いなので1回戻ってください!
キリル
詳しいことは順を追って政府から説明をするので
キリル
今回は……
ニコラス
やぁ、キリル
キリル
お、お前は!?
ニコラス
混乱しているから様子を見に来たら
ニコラス
思いの外大変そうだね
キリル
ニコラス、助けてくれ!
ニコラス
僕は手を出さないさ
キリル
そんな……どうして
ニコラス
僕のいる国はどんな国も滅びる
ニコラス
いつもいつも、そうだった
ニコラス
数年で滅びちゃう国もあれば、数百年は続いた国もあった
ニコラス
けれど、僕は国を確実に崩壊させてしまう
キリル
…………じゃあ、教えてくれ
キリル
お前は、何者なんだ
ニコラス
国を壊す『毒素』
ニコラス
あるいは、平和な国を作らないようにする装置
ニコラス
僕は長年多くの国を見てきた
ニコラス
どんな国も素敵だったよ
キリル
じゃあ、この国はどうだった?
ニコラス
勿論素敵さ
ニコラス
この国で生きていけて良かった
よし!壊れたぞー!
そんな声がどこかからした
キリル
なっ!?どうしてだ
ニコラス
この国はもう崩壊するよ
キリル
嫌だ!
キリル
この国は第二の祖国だ
キリル
帰る場所が無くなっちゃうなんて嫌だよ
ニコラス
……ごめんね、僕のせいで
キリル
お前は絶対悪くない
キリル
お前が毒素とか装置とかそんなものじゃないんだ!
ニコラス
……!
キリル
頼む…この国を止めてくれ
ニコラス
ごめんね、やっぱりこの国は崩壊しないさ
キリル
……!?
ニコラス
君はこの国が好きかい?
キリル
ああ、祖国の次にな
ニコラス
君は、この国を死ぬまで覚えていられる?
キリル
当然だ
ニコラス
一人でも覚えていてくれる人がいるならば、国は不滅だ
キリル
本当か!?
ニコラス
勿論!
ニコラス
かつてウルクもザクセンもローマも、プロイセンもそう言ってた
キリル
全て亡国だな
ニコラス
だから大丈夫
ニコラス
国は不滅だ
キリル
……!?
ニコラス
さぁ行こう
ニコラス
西ドイツへ
壁が壊れて、西ドイツの風景が見えた
キリル
私は行かない
ニコラス
どうして?ずっと行きたがってたのに
キリル
最初は壁の向こうにある世界に憧れた
キリル
けれど、やっぱり私は東側が好きなんだ!
キリル
たとえ全ての世界が西側になったとしても、私は東側の人間として生き続けるんだ
ニコラス
…そっか
ニコラス
とてもかっこいいと思うよ
キリル
お前はどうするんだ?
ニコラス
西ドイツに行くよ
ニコラス
きっと西ドイツも僕は壊してしまうけど、それでも僕はまだ生きていたいから
キリル
正直な人間だな、お前は
ニコラス
うん、まぁね
キリル
じゃあ、お前とはお別れだな
キリル
短い間だったが、とても楽しかった
ニコラス
僕も長いこと生きてて、初めて楽しいと思ったかもしれない
ニコラス
本当にありがとう
キリル
私こそ本当にありがとう!
ニコラス
そして、
キリル
さようなら
笑顔で西側に走り去っていくニコラスの姿がとても、印象的だった
あれから数十年
今の僕は記者としてかつて西ドイツだった場所で働いている
正直今とあの東西分裂時代とどっちが良かったかは正直分からない
どっちも同じだった気もするし、違うようにも感じる
そして今日は雑誌の取材にラオスまで遥々やってきたのだ
ニコラス
はじめまして、この度は取材に応じてくださってありがとうございます
ニコラス
キリル・ゼフィンさん
キリル
いいえ、かつて東側と呼ばれた国の良さを他国の人にも知ってもらいたいですから
ニコラス
…元気だった?
キリル
まぁ普通だ、お前は全く変わらないんだな
ニコラス
だって僕は国を壊す装置だから
キリル
まだそんな事言ってるのか
ニコラス
この癖直せなくってさ
ニコラス
それじゃあ、取材を始めさせて
キリル
ああ






