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雷鳴が、夜の空を裂いた
鉄板を素手で引き裂いた様な 耳を裂く、轟音
暗雲か引き千切られ、眩い閃光が 死んだような街並みを、照らした
──ザァー…──
斜めに叩き付ける様な 暴力的な雨だった
鋭く、冷たく、肌を突き刺す
服の上から、骨にまで届く様な 冷気を纏い、容赦なく打ち付けてくる
鼻を衝くのは 濡れた土と、鉄
─────そして、血の匂い
空気は重く、湿って鈍い
呼吸をするだけで 肺にまで罪を刻まれるようだった
そんな世界の只中で、俺はただ
無数の死体の中心に ぼんやりと、立ち尽くしていた
─────ふと
雷鳴とは違う“音”が、耳を打った
「─────また、やったのか」
それは確かに、“俺”の声だった
─────そう認知した瞬間 視界が歪んだ
目の前にたっていたのは “過去”の……“かつての俺”だった かつて戦場を駆けた時の装束は 焼け焦げ、破れ、片袖は千切れ 胸には、深く裂けた傷痕───
血に濡れ 肌には乾いた泥と煤がこびりつき 唇は裂け、吐き捨てる様に 荒い呼吸を繰り返していた 右手に握る剣は 刃がところどころ欠けていて 柄には血が滲んでいて 剣を握る指は、酷く震えていた
────でも、“目”だけは……
虚ろでありながら 真っ直ぐに、俺を射抜いていた 感情の欠けたその目に見据えられ 背筋を氷でやぞられた様な錯覚が走る
幻覚か、幻聴か それすら曖昧になる程 “あの頃の俺”は、静かに立っていた ─────まるで、 過ちを繰り返すことしか出来ない“今”の俺を ただ、見下すかのように
───キィ…───
湿った音と共に 重たい気の扉が、ゆっくりと開いた
瞬間、室内から漏れた光が 薄暗い路地に、優しく
そして、不釣り合いな程 穏やかに差し込んできた
─────それは
この世界だけが 時間の流れを拒んでいるかの様に
石畳の真ん中 数体の死体に囲まれるようにして 俺はただ、立ち尽くしていた
Mr.銀さんの母親は 腕の中の赤子を抱き締める力をいっそう強め 今にも悲鳴を上げそうな顔をしていた 父親は、その死体のいくつかに目をやると 警戒心を滲ませた目で、俺を睨みつける
怯え、恐怖、拒絶、混乱─────
そのどれとも言い難い複雑な感情が その瞳の奥で渦巻いていた
だが、その敵意の奥に 微かに揺れる“理解”があった ─────気付いたんだろう この死体たちは最近 自分の家族の周囲を嗅ぎ回っていた “暗黒シンジゲート”の手先だったことを…
(俺たちは……守られたのか…)
だが、それでも尚
血と臓物に塗れた俺自身を見て 思ってしまう
─────これの、どこが“人間”なのだろう…
彼らの目に映る俺は きっと、“バケモノ”に違いない
─────いや それ以下かもしれないが……、
分からなくなった
俺がここに来たのは 果たして、彼らを“守る”ためだったのか…
それとも 誰かを“消す”ためだったのか……
瞬間
死体のひとつと、目が合った
死んだはずのその瞳孔が 雨で潤むように光って見えた
…それは 責めるような眼差しだった
「お前が、これを選んだんだ」
とでも、言いたげに
俺は、無言で魔法を発動させた
「朧月─蝕」
その言葉が口から落ちた瞬間 全身の神経が 鋭利な針で一斉に突き刺されるような激痛が走る 喉が裂けるように、心臓が爛れるように 骨の奥から火が這い上がる
─────はずだった
だが、俺は微動だにしない 声も、顔も、吐息すらも、何も変わらない
ただ、灰色の彼岸花が咲くのを じっと、見つめていた 指先が焦げる 内蔵が悲鳴を上げてるのが分かる でも、それが“自分の事”だという 実感が湧かなかった
かつてなら、これ程の激痛に 膝を着き、血を吐き、叫びさえしただろう でも今は───── 他人事のように 「あぁ、痛いんだろうな」と、 記憶越しに想像しているだけ
痛みの中で、焔が咲く 選ばれた“敵の屍”だけを 音もなく、無へと導いていく
肌が裂けても、筋が焼けても 俺の表情は、空と同じだった 雷の轟の中に立ち尽くす、ただの空洞
……この魔法を使う度に 何かを削ってきた でも、それが一体なんだったのか 何を削ってきたのか もう、覚えていない
残されたのは 生々しい血の痕と 硝煙にも似た、哀しみだけ
だが───── その静寂を、再び破るものがいた
血溜まりの中から いきなり“俺”の手が伸びて ガッと、俺の足首を掴んだ
「─────はは…ッ」
血と泥に濡れた顔をゆっくりと上げ 目を細めながら 不気味に笑う“過去”の俺 それは 確信と嘲笑が混じった表情だった
その瞬間 俺の視界は真下へ引きずり込まれる様に ドロリ、と歪んだ ズズズ………と、世界が揺らぐ 視界の端から黒が滲み 感覚が、奈落の底へと沈んでいく
逃れようとしても、足は動かない 息も、思考も、感情さえも…… 全て、奪われていく感覚─────
───シャリン───
その瞬間 雨雲を貫くように、空に淡い青が覗いた まるで、濁った世界に1滴 純粋な水を垂らしかのように 雲の隙間から光が差し込む 雨は止まぬまま、天気雨となって 石畳に音を立てて降り注ぐ
世界が その一瞬だけ 息を呑んだように止まる
─────彼が放った魔法は まるで、祝福のように天を裂いた
「黎陽ノ雫」───── 青く裂けた空から 温かな光が静かに降り注ぐ それはまるで 彼自身が“天”に選ばれた 存在であるかのように
その光の中で 彼────爽が、静かに口を開いた
「─────父上」
透明で、涼やかで けれど確かな力を宿した声が、上から降る
光に包まれたその姿は まるで、幻のようだった
藍色の短髪が雨を弾き 水色の瞳が、淡く光を宿している
黒い狐の尾が、風に揺れていた
彼の姿に Mr.銀さんの両親は目を見張る
息を呑む
その美しさに、思わず見惚れる程だった
爽は屋根から音もなく降り立ち そっと俺の前に近寄った
そして、両手で頬を包み 着いていた血を、指先で拭う
その一言が 俺を現実に引き戻した
俺は、返事の代わりに ゆっくりと目を閉じた
深く、静かに、1度だけ瞬きをする
爽は満足気に微笑んだ
俺は踵を返し 静かにその場を立ち去ろうとする
だが、背後から───── 叫ぶ声が響いた
Mr.銀さんの父親だった
足が止まる ────でも、振り返らない
声が震えている
それは、懇願の様でもあり 祈りの様でもあった
俺は、何も言わずに歩き出す ただ、言葉を胸に刻んだまま……
なんで、俺は声をかけたのか…
─────それは あの血溜まりの中 崩れ落ちそうな体で、尚立ち尽くしていた “あの男”が 俺たちと視線を交わした、その一瞬
彼の目が── 懐かしむ様な、慈しむ様な…… ───まるで、 大切なものを命懸けで守りきった者が見せる “安堵”に似た光を宿していたからだ。 ……俺は、確信した 俺たちは あの男に、守られたのだと