『驚かれるのも無理はない。 だけど私は自己紹介が苦手でね。 ゆあん様とじゃぱぱ様の協力者… とでも言いましょうか。』
じゃぱぱ
目の前の猫は 「いかんせん、 私は人間ではありませんが。」 などと続けた。
未だ俺の前から動かず 目が合ったままの 猫の口が動いた訳でも そちらから声がした訳でもないが 俺はこの猫が話しているのだと 分かった。
こんな有り得ない状況に 順応しかけている所からして 改めて自分が置かれている状況が とんでもないという事を感じる。
じゃぱぱ
『私からはこの世界の事を 軽く御説明したいと思います。』
じゃぱぱ
自分でどうにかするしかない と思っていたから驚いて変な声がした。 なんとも有り難い話だ。
何故この黒猫がこの世界の事を 知っているのだろうか。
そんな疑問が浮かんだが 口には出さなかった。
『生き物というものは生まれた時から 寿命が決まっているのです。』
じゃぱぱ
『そう。何年生きられるか 初めから決まっているのです。 それは変えられない運命なんです。』
じゃぱぱ
ゆあんくんにはまだ 寿命が残っていたのだと言う。
本来死ぬべきタイミング でない時にゆあんくんは自ら命を 終わらせようとした。
あの暑い夏の日。 あの日は丁度2・3年に一度の ブラックムーンの日だったそう。
この日には一瞬だけ時空が歪む タイミングがある。 ゆあんくんが踏切に飛び込んだ 丁度そのタイミングが 時空の歪みだった。
寿命が残っているという条件を 満たした自殺志願者が この''歪み''のタイミングで 命を断とうとすると その歪みに落ちてこの超常現象が 成立するという事らしい。
実際そのタイミングはそういう人が 惹き付けられやすいとの事だった。
つまり俺やゆあんくんと 同じ境遇の人達が他にもいる ということである。
じゃぱぱ
『えぇ、新月です。 新月は''リセット''という 意味があります。』
じゃぱぱ
『そしてまだ伝えたい事が 御座います。』
じゃぱぱ
心底大事な事だという声色だった。
俺は思わず固唾を飲む。
『貴方がゆあん様の自殺を 止められる人物です。』
じゃぱぱ
『彼らには彼らなりの理由が 必ずあります。 ですがそれを解決し寄り添い 生きたいと思わせる事が出来る人物 というのは必ずいるものです。』
『ゆあん様にとって それがじゃぱぱ様なのです。』
じゃぱぱ
『…えぇ。』
じゃぱぱ
『そう気を病む事は御座いません。 私はこれからの話をしています。』
『ここでの一日は 現実世界での三日です。』
『これ以上は私からお伝えする事は 出来ません。』
『今日は綺麗な満月です。 では、また何処かで。』
じゃぱぱ
気が付いた時には黒猫は いなくなっていた。
突然現実世界に引き戻されたような 感覚になる。
じゃぱぱ
すんでの所で食べ損ねた 俺の最後の一口は無惨にも 砂の上に落っこちており 既に蟻が寄ってきていた。
みるみるうちに溶けて砂に染みていく アイスを見ながら俺は目を閉じた。
風と音と湿度と気温。 それと香り。
俺は視覚以外の五感に思いっきり 集中し頭の中を整理する。
こうすることで考え事は出来なくとも 何故か頭が冴える事が分かった。
きっと俺はまだここを 動くべきじゃない。
物事に向き合う時。 必ず準備が必要だ。
その物事が大きくても小さくても 一度深呼吸をしなければいけない。
これから俺が行うであろう 数々の選択が俺達の運命を変える ということは揺るぎない真実だから。
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