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(病室の窓際。 夕方の光がカーテン越しに淡く射している)
――2025年 4月○日。 今日は、久しぶりに外に出た。 病院の外の風が、思っていたよりずっとあたたかかった。 春の匂いがして、街の音がして、 人の声がして。 どれも少し眩しかった。 彰人くんが待っていてくれて、 公園に連れていってくれた。 桜が咲いていて、少し風が吹くたびに花びらが揺れた。 あの光景を見た瞬間、泣きそうになった。 生きているって、こういうことなんだなって思った。 ベンチで話した時間は短かったけど、心の中はずっとあたたかかった。 「また音楽をしよう」って言葉が、今も耳の奥に残ってる。 私の声はまだうまく出せないけど、 心の中では何度も“うん”って答えてた。
夜になって、病室のベッドの上。 イヤホンから流れるLeo/needの音が静かに響く。 ベースの音が胸に響いて、あのステージの光景が浮かぶ。 ――絶対に戻る。 そのために、明日も前を向こう。 そう書きながら、ペンを置く。 外の風が、少しだけカーテンを揺らした。
日野森志歩
あの後、志歩は、幼なじみの一歌、咲希、穂波や姉の雫、マネージャーでもある新堂さんの手紙を描く
志歩はナースコールを切り、 机の上に白い便箋を広げた。 窓の外では夜の街灯がにじんで見える。 手の震えを抑えながら、 ゆっくりとペンを握る。 最初に書いたのは――「一歌へ」。 一歌へ。 私が病室にいる間も、ずっと 気にかけてくれてありがとう。 ステージの音、みんなの声、 ちゃんと届いてる。 私も、早くあの場所に戻りたい。 次のライブでは、またベースを弾けるように頑張るね。 文字がにじみ、志歩は目を閉じた。 それでもペンは止まらない。 咲希へ。 いつも明るく笑ってくれてありがとう。 咲希の笑顔を見ると、 怖い治療のことも少しだけ忘れられる。 次は、私が笑わせる番だね。 穂波へ。 優しさにどれだけ救われたかわからない。 「焦らなくていい」って言葉が、 ずっと心の支えだった。 お姉ちゃんへ。 お姉ちゃんの声は、まるで光みたい。 私もそんな音を奏でられるようになりたい。 そして、最後にペンを取った。 新堂さんへ。 事務所のこと、Leo/needのこと、全部任せっきりでごめんなさい。 でも、必ず戻ります。私たちの音を、もう一度あなたに聴いてもらうために。 書き終えた手紙の端に、 小さな涙の跡が落ちた。 志歩は便箋を重ね、封筒に入れながら小さく微笑んだ。
日野森志歩
その声はほとんど掠れていたけれど、 彼女の想いは確かに形になっていた。
その日、志歩は医師と看護師の付き添いで、久しぶりに街へ出た。 白い帽子をかぶり、マスクをして、それでも心は晴れていた。 待ち合わせの広場には、 Leo/needの仲間たち――
一歌、咲希、穂波が手を振っていた。 その後ろには、MOREMOREJUMP、 Vivid BAD SQUAD、ワンダショ、ナイトコードの面々も集まっている。 にぎやかな声が風に混じり、 街が少し輝いて見えた。
最初は買い物だった。 みんなで商店街を歩き、 志歩が好きだった楽器店に立ち寄る。 ベースの弦を指でなぞる志歩に、一歌が微笑んだ。
星乃一歌
志歩はスケッチブックに『うん』と書いて笑った。
昼は小さなカフェでランチ。 穂波が「医師の許可あるからね」と優しく釘を刺すと、 咲希が「今日は特別!」とデザートを追加した。 テーブルを囲む笑い声。 志歩はその一つひとつを、まるで宝石みたいに胸にしまい込むように見つめていた。 ⸻ そして夕方。 小さなライブハウスのステージ。 志歩は客席から、みんなが奏でる音を見つめていた。 照明が優しく当たり、マイク越しに一歌が言う。
星乃一歌
Leo/needの音が鳴る。 あのベースラインが、志歩の心の奥で確かに響いていた。 涙が頬を伝っても、彼女は笑っていた。
夜。 公園に戻り、全員が輪になって座る。 こはねがスピーカーを出して 音楽を流し、司が無駄に盛り上げ、 えむが花火を持ってきて笑いを誘う。 まふゆが小さく呟いた。
朝比奈まふゆ
志歩はその言葉に、静かに頷く。 スケッチブックを開き、最後のページにこう書いた。
日野森志歩
その文字を見た瞬間、誰も何も言わなかった。 ただ、夜風の中で花火の光が淡く弾けていた。
日野森家
退院後、志歩は自宅療養に入った。 体力はまだ戻らず、ベッドの上で過ごす時間が多くなった。 けれど、病院の天井よりも見慣れた自分の部屋は、不思議と心を落ち着かせてくれた。 傍には姉の雫。 穏やかな声で
日野森雫
と問いかける。 志歩は微笑み、静かに頷いた。 二人きりの時間は、少し切なくて、それでいて優しい。 雫が洗濯物を干しに部屋を出たあと、志歩はまぶたを閉じた。 眠りに落ちるように――ゆっくりと。 ⸻ 気づけば、そこは教室だった。 懐かしい黒板、夕焼けの光が差し込む窓。 机の上には、見覚えのあるスケッチブック。
日野森志歩
その声に答えるように、前の方から柔らかな声がした。
教室のセカイの初音ミク
振り返ると、そこに立っていたのは――教室のセカイの初音ミクだった。 緑色の髪が光を受け、微笑みながら言葉を続ける。
教室のセカイの初音ミク
志歩は驚きと懐かしさで、胸がいっぱいになった。
日野森志歩
ミクはそっと志歩の方へ歩み寄る。
教室のセカイの初音ミク
志歩は視線を落とし、小さく息を吐いた。
日野森志歩
教室のセカイの初音ミク
ミクの声は、風みたいに優しく響いた。
教室のセカイの初音ミク
志歩の頬を、涙が伝う。 その涙は悲しみだけじゃなく、 “まだ音を愛してる自分”を思い出した証のようだった。 ⸻ ミクが微笑む。
教室のセカイの初音ミク
志歩は涙をぬぐいながら、小さく頷いた。 窓の向こうの空が、橙から白に変わっていく。 目を開けると、朝の光が部屋を照らしていた。 枕元には、昨日のスケッチブックが開いたまま。 そのページには、志歩の字で一言。 『また、弾きたい。』