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 葛城研究所二階、特別研究室ーーーー大小様々な大きさの水槽や、緑色や赤色で膨大な情報を表示する計器類がひしめくその部屋で、葛城星夜はひときわ大きな水槽を覗き込んでいた。

 水槽の中には薄い水色の物体が鎮座している。

 半透明で、液体と固体の中間のような質感をしたその物体は、赤い核のような部分を星夜に向けていた。

 それはまるでこの生物に見つめられているような不思議な感覚を星夜に感じさせた。

 星夜が食用ラットを水槽の前でチラつかせる。

 すると水色の物体が緩慢な動作で変化を始めた。

 四肢が生え、尻尾が生え、胴体や頭部がはっきりとしていく。

 終いには体色までもが毛を引き抜かれたラットと同じ乳白色に変化した。

星夜はその様子を腕の中のバインダーに記し、水槽の中に食用ラットを放り込んだ。

物体は本物のラットのように歩いて近寄り、食用ラットの傍まで来ると再び体を半液状に変化させて包み込んだ。

葛城 星夜

「今日も異常なし、だな」

 星夜は物体の食事風景をまじまじと観察しながらそう呟いたのだった。

金田 正美

「先生、いらっしゃいますか」

 突然、研究室の扉が開かれたが、星夜は動じることなく眼鏡の位置を修正して振り返った。  扉の前に立っていたのは、妙に胸元を強調した赤いワンピースに白衣を羽織った女性が立っていた。

葛城 星夜

「金田さん。ここに入るときは僕の許可をとってからにしてくれないか」

金田 正美

「入ってもよろしいでしょうか」

葛城 星夜

「その言葉は、入る前に欲しかったかな」

 星夜はちらりと視線が下がってしまったが、すぐに彼女の目を見るように意識した。  けれど金田は星夜の様子をしっかりと見ていたのか、微かに口元を歪めたのだった。

金田 正美

「先生、ここのところ根を詰めすぎなのではないですか?」

葛城 星夜

「いまが研究の佳境だからね。やるべきことはすべてやらなきゃ、後悔するのは明日の自分だ」

 星夜がそうって眼鏡のブリッジを押し上げると、金田が彼の首に手を回した。  そうして耳に唇を近づけて、わざとらしく息を吹きかけるように囁いたのだった。

金田 正美

「先生、たまには息抜きしないと駄目ですよ。明日の自分のために」

葛城 星夜

「……君は素敵な女性だと思うけど、いまはそういう気分じゃないんだ」

 それは心からの言葉だった。星夜はいままさに頭の中の血液が全身へと巡り抜け出ていくような感覚を覚えていた。  冷静な頭脳で、冷静な心で、金田の方に手を置いて彼女の顔を正面から見据えた。  大きな黒い瞳と視線が交わる。隙のない化粧を施した、整いすぎた美人がそこにはいた。

金田 正美

「では、いつなら?」

 けれどもその声はまるで十代の少女のように震えていて、星夜は自身の胸に暖かい気持ちが湧いてくるのを感じた。  見た目は近寄りがたい美人でも、心は恋に身を焦がし不安と戦う一人の女の子。  そう思うと、研究ばかりしてきた朴念仁の自分でも許されるかもしれないと思ったのだった。

葛城 星夜

「研究が一段落したら、食事に行こう。水族館や美術館にも行こう。とことん付き合ってもらうからね」

 星夜がにこりと微笑むと、金田はいっそう蕩けるような表情になり「私の家で、手料理を振舞ってもかまいませんか?」と尋ねてきた。

葛城 星夜

「もちろんさ。ああ、もちろん。むしろ、本当にいいのかい?」

金田 正美

「ええ、ええ、もちろんです。きっと、先生はそういうのがお好きなのかなと思いまして」

 そんな彼女の想いに答えるように、星夜は金田と唇を重ねたのだった。  その時、ごとり、と水槽が揺れた。  星夜が水槽をみると、物体が激しくうごめいていた。 

葛城 星夜

「なんだ? ……金田さん、急いで録画を開始して!」

金田 正美

「は、はい!」

 金田が研究室のデスクに置かれていたハンディカメラで撮影を開始すると、物体は徐々に彼女の顔へと形を変えていった。

金田 正美

「こ、これは、私!?」

葛城 星夜

「これはすごい! 取り込んでいない物体に姿を変えるなんていままでなかったぞ!」

金田 正美

「で、でも、どうして私に……」

 喜ぶ星夜とは対照的に金田は複雑な面持ちだった。  なにせ、物体が模した彼女の顔は酷く歪でかろうじて彼女だとわかる程度のものだったから。  体色も水色のままで、擬態としては不完全だ。

葛城 星夜

「わからない、なぜだろう……」

物体

「ア……アア……」

 物体から声らしき音がでて、星夜はますます自身の血圧が上昇していくのを感じた。

葛城 星夜

「声帯まで作ることができるのか!?」

金田 正美

「な、なにをいっているのでしょうか」

葛城 星夜

「静かに……よく聞くんだ……」

 二人して押し黙り、物体の声に耳を傾ける。

物体

「ア……セ……センセ……センセ……アア……」

葛城 星夜

「どうやら君の模倣をしているようだね。言葉と行動にいまのところ意味はないように感じる。神経系の発達による成長過程の一種だろう」

金田 正美

「そうでしょうか……。あ、そういえば先生! 取材の方がお見えになっています!」

葛城 星夜

「取材……? ああ、あの人の……わかったすぐ行くよ」

金田 正美

「素直に取材に応じるなんて、先生にしては珍しいですね?」

葛城 星夜

「二十そこそこの僕が、こんな立派な研究所の所長をやっていられるのも彼のおかげだからね……君は記録を撮り続けてくれ。頼んだよ」

 感謝というよりも重荷を吐き出すような口ぶりで答えた後、星夜は研究室を出ていったのだった。

ハイパー・オカルト・サイエンスー三流ゴシップ誌の女記者と無精ひげのプー男が挑む超常科学事件簿ー

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