応接室のソファで座って待つこと三十分。 風香はそろそろ飽き始めていた。 この部屋に入った当初はふかふかの赤いソファに興奮したし、艶のある重厚な切り株のデスクにも感動した。 部屋に飾られているお餅に毛が生えたような物体の絵にぐにゃぐにゃの迷路のような絵、それとDNAの模型にはまるで興味はなかったが、なんだかすごそうだぞ、という感じはした。 だが飽きた。 飽きるものはしかたがない。 人間は飽きる生き物だし、だからこそ新たな挑戦を望む生き物でもある。 不倫がいい例だ。 飽きがなければ人生の発展はないだろう、というのがいまこの場で刹那的に作り出した風香の持論である。 もはやこの部屋そのものに対する興味は欠片もなく、取材がおわったら今晩の食事はどうしようかとそんなことで頭がいっぱいになっていた。
北原 風香
スマホを取り出して検索を開始した直後、応接室の扉が開いた。 風香は慌てて立ち上がり、その時スマホが床に落ちてソファの下に入り込んだことにも気づかず勢いよく頭を下げた。
北原 風香
毎度名乗るたびに変な名前の出版社だと思う。 社名の由来は「超常現象のような激ヤバ科学を紹介したい」ということだそうだが、だからといってオカルトとサイエンスという対極を社名にするセンスはいかがなものかと風香は常々感じていた。
葛城 星夜
風香が「はい!」と威勢よく返事をして顔をあげると、そこには短い髪の爽やかな好青年が立っていた。 少々頼りない雰囲気はあるが眼鏡の奥の知的な眼差しはなかなかそそるものがある。 風香は習慣的に葛城の採点を開始し、「なかなかの高得点だわ」と小声で呟いた。
葛城 星夜
葛城博士は向かいのソファに座ってそういった。
北原 風香
葛城 星夜
北原 風香
葛城 星夜
明らかに怪訝な反応を示す葛城博士を見て、風香はしくじったと内心舌打ちをした。
北原 風香
それから小一時間ほど研究内容について話を聞いたが、重要なことはほとんど教えてもらえなかった。 話しを研究の方向に向けようとしても葛城博士は実に巧みに話しを切り替え、研究所立ち上げ時の苦労話や、人員の補充の時は常に自分が面接しているといった話しばかり。 それだけならまだしもリボソームやテロメアといった細胞に関する話が出てきて頭の中は真っ白に塗りつぶされていく。 終いには緑の革命なんて単語が出てきて科学の授業なのか歴史の授業なのかよくわからなくなってくる。 このままでは記事にできないという焦りから、風香はどうにももどかしい気持ちになっていた。
葛城 星夜
北原 風香
葛城 星夜
はにかんだ顔も素敵、なんて考えが頭をよぎったがもう取材の時間はほとんど残されていない。 これが最後のチャンスだと思い、風香は強引に話しを切り出すことにした。
北原 風香
葛城 星夜
北原 風香
風香の質問に、葛城博士は指を銃の形にしてこめかみに押し当てた。 しばらく逡巡したあと、葛城博士の口が開いた。
葛城 星夜
北原 風香
葛城 星夜
北原 風香
葛城 星夜
北原 風香
葛城博士が部屋を出ていき、風香は一人取り残された。 ぐぅ、と情けない音が腹から鳴った。