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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで

 応接室のソファで座って待つこと三十分。  風香はそろそろ飽き始めていた。  この部屋に入った当初はふかふかの赤いソファに興奮したし、艶のある重厚な切り株のデスクにも感動した。  部屋に飾られているお餅に毛が生えたような物体の絵にぐにゃぐにゃの迷路のような絵、それとDNAの模型にはまるで興味はなかったが、なんだかすごそうだぞ、という感じはした。  だが飽きた。  飽きるものはしかたがない。  人間は飽きる生き物だし、だからこそ新たな挑戦を望む生き物でもある。  不倫がいい例だ。  飽きがなければ人生の発展はないだろう、というのがいまこの場で刹那的に作り出した風香の持論である。  もはやこの部屋そのものに対する興味は欠片もなく、取材がおわったら今晩の食事はどうしようかとそんなことで頭がいっぱいになっていた。

北原 風香

「とはいえ、ここは郊外の山の麓だしなぁ。そうだ、お蕎麦屋さんとかないのかな」

 スマホを取り出して検索を開始した直後、応接室の扉が開いた。  風香は慌てて立ち上がり、その時スマホが床に落ちてソファの下に入り込んだことにも気づかず勢いよく頭を下げた。

北原 風香

「どうもお世話になります! 月刊オカルト・サイエンスの北原と申します!」

 毎度名乗るたびに変な名前の出版社だと思う。  社名の由来は「超常現象のような激ヤバ科学を紹介したい」ということだそうだが、だからといってオカルトとサイエンスという対極を社名にするセンスはいかがなものかと風香は常々感じていた。

葛城 星夜

「ああ、どうも。葛城研究所所長の葛城です。どうぞ楽にしてください」

 風香が「はい!」と威勢よく返事をして顔をあげると、そこには短い髪の爽やかな好青年が立っていた。  少々頼りない雰囲気はあるが眼鏡の奥の知的な眼差しはなかなかそそるものがある。  風香は習慣的に葛城の採点を開始し、「なかなかの高得点だわ」と小声で呟いた。

葛城 星夜

「おかけになってください。立ったままでは話しづらいでしょう」

 葛城博士は向かいのソファに座ってそういった。

北原 風香

「話し方も優雅だわ……」

葛城 星夜

「はい? なにかおっしゃいましたか?」

北原 風香

「いえいえ、なんでもありません。いやー、それにしても素敵なお部屋ですね! 後ろの細胞? の絵なんかとても素敵!」

葛城 星夜

「ああ、ミトコンドリアとゴルジ体ですね。素敵……かどうかはよくわかりませんが……」

 明らかに怪訝な反応を示す葛城博士を見て、風香はしくじったと内心舌打ちをした。

北原 風香

「そ、そうそう! ミラノ風ドリア! はい、それじゃあえーと、取材を始めさせていただきます。まずは――――」

 それから小一時間ほど研究内容について話を聞いたが、重要なことはほとんど教えてもらえなかった。  話しを研究の方向に向けようとしても葛城博士は実に巧みに話しを切り替え、研究所立ち上げ時の苦労話や、人員の補充の時は常に自分が面接しているといった話しばかり。  それだけならまだしもリボソームやテロメアといった細胞に関する話が出てきて頭の中は真っ白に塗りつぶされていく。  終いには緑の革命なんて単語が出てきて科学の授業なのか歴史の授業なのかよくわからなくなってくる。  このままでは記事にできないという焦りから、風香はどうにももどかしい気持ちになっていた。

葛城 星夜

「大学時代のアルバイトでおたくの編集長さんと出会いまして、その時に僕はいったんです。まずはどこかの研究所に所属して少しずつ前進していくつもりだと。そうしたら編集長に、いやいやそんなまわりくどいことはやめるんだと一喝されましてね。若さを精一杯使い切るには最初から全力で取り組むべきだ。だからお前は自分の研究所を持て! そのための金なら何とかしてやる! なんていいまして。しかも実際にお金を集めてきたんですよねあの人」

北原 風香

「はぁ、だからいまでも頭が上がらないと……」

葛城 星夜

「まぁ、そんなところです」

 はにかんだ顔も素敵、なんて考えが頭をよぎったがもう取材の時間はほとんど残されていない。  これが最後のチャンスだと思い、風香は強引に話しを切り出すことにした。

北原 風香

「博士! 一つだけ、一つだけでいいので教えてください!」

葛城 星夜

「は、はい? なんでしょう?」

北原 風香

「ズバリ、博士はなにを作ったのですか!?」

 風香の質問に、葛城博士は指を銃の形にしてこめかみに押し当てた。  しばらく逡巡したあと、葛城博士の口が開いた。

葛城 星夜

「新生物、ですかね」

北原 風香

「新……生物……?」

葛城 星夜

「おっと、もうお時間のようですね。それでは僕はこれで失礼します。オフィスにもどってまとめなければならない資料があるので」

北原 風香

「あ、で、でも!」

葛城 星夜

「ああ、そうだ。もしよろしければ研究所の食堂でご夕食をとられてはいかがでしょう。助手のこだわりで味は保証しますよ。特に蕎麦は絶品です。それでは」

北原 風香

「あ……」

 葛城博士が部屋を出ていき、風香は一人取り残された。  ぐぅ、と情けない音が腹から鳴った。

ハイパー・オカルト・サイエンスー三流ゴシップ誌の女記者と無精ひげのプー男が挑む超常科学事件簿ー

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