稲葉 泉
稲葉 泉
仰向けになって、天井を見つめる。
手に握りしめている財布には
一円玉が七枚しか入っていなかった。
稲葉 泉
稲葉 泉
稲葉 泉
稲葉 泉
しなければ良かった…
3ヶ月前
食に魅了された俺は準備もそこそこに
稲葉 泉
学びたい!
なんて、偉そうなことを言って
実家から東京へと出て行った。
稲葉 泉
稲葉 泉
稲葉 泉
知られないまま
稲葉 泉
生憎、住んでいるボロアパートには
電話なんて便利なものは無かったし
公衆電話もお金がないから使えない。
連絡の取りようが無かった。
稲葉 泉
稲葉 泉
汚いが、死を考えるとそんなこと 言っていられない。
久しぶりに、外に出た。
腹が減っていて力が入らず、ドアが 開くのに時間がかかった。
加藤
ドアを開けると隣の部屋に住んで いる加藤が
部屋の前を掃除していた。
稲葉 泉
稲葉 泉
加藤
なくないっすか?
稲葉 泉
稲葉 泉
なくてね…
加藤
加藤
加藤
下さい!
そう言って加藤はバタバタと部屋の 中へ入っていった。
しばらくして、加藤が袋を持って 帰ってきた。
加藤
しかあげられないっすけど…
中を見ると、三杯ほど食べられそうな 米が入っていた。
加藤も学生で、金や食べ物には 困っているはずだった。
稲葉 泉
加藤
お互い様です
稲葉 泉
稲葉 泉
稲葉 泉
さっそく家に帰って、加藤から貰った米でお粥を作った。
何日か分の食事を確保するため
米は少しだけしか使わなかった。
稲葉 泉
稲葉 泉
塩を少しふりかけただけの、 シンプルなお粥も
今は世界で一番美味しい料理に 思えた。
稲葉 泉
稲葉 泉
稲葉 泉
お粥を、少しずつ、少しずつ
味を噛み締めて食した。
稲葉 泉
稲葉 泉
そうやって、何日かお粥で食事を 確保していると
とうとう、その日がやって来た。
3日後
稲葉 泉
稲葉 泉
加藤から貰った袋の中には
虚しいほどの空白が広がっていた。
稲葉 泉
稲葉 泉
稲葉 泉
加藤にまた貰いに行くことも考えたが
加藤も生活が苦しいし
さすがに図々しいにも程が あるだろう。
稲葉 泉
そろそろ限界だ。
ピンポーン
母
その声はまるで
空から舞い降りた天使のようだった。
ドアが開く音が聞こえた。
母
母
稲葉 泉
稲葉 泉
母
学んでくるって
母
だったからさ
稲葉 泉
母
なくなる頃かなーと
思ってたし
母
しに行かないとって
思って
稲葉 泉
稲葉 泉
食べてなくて…
母
いろいろ買ってきたわ
稲葉 泉
母
作るから
母
餓死しないでよー
稲葉 泉
母さんはキッチンに行き、
買ってきた食材で料理をし始めた。
母
母
母
母
母さんが料理を運び、机に置いた。
稲葉 泉
母
食べちゃって
母
母
なかったんでしょ?
稲葉 泉
稲葉 泉
恐る恐る箸を伸ばして
じゃがいもを口に入れた。
稲葉 泉
稲葉 泉
稲葉 泉
温かい、ほくほくの食感が 口の中に広がった。
手を伸ばす箸が止まらなかった。
稲葉 泉
塩味の水が、目から流れた。
母
母
泣かないでよ!
食べ物について学びに来たほど
食には厳しかった。
でも、食べ慣れすぎて飽きるほど だったはずの
母が作ってくれたご飯は
確かに、
間違いなく、
今までで一番美味しい ご飯だった。