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いつだったっけな
初めてあの子を見たのは
地域の運動会でずっと本を読んでいた子
僕がかけっこで一位を取った時に驚いたような顔をしていた子
多分それより前にも会っていたと思う
後悔はない
だって自ら望んだことだから
あの日、なんとなく夜中に目が覚めちゃったんだ
すぐに目を閉じようとしたけど、隣で呻き声が聞こえて
どうしたらいいか分からなくて
起こそうと体をゆすっても全然起きなくて
あの子のお母さんを呼ぼうと部屋を出て
広いお家で迷子になっちゃって
電気もどこにあるかわからないからほぼ手探りで進んでいて
そしたら、なんか急に体がぞわってして
びっくりしてきょろきょろしてたら
襖があいてる部屋があって
入っちゃダメだってわかってたし
脳がもう拒絶していたけど
好奇心の方が勝ってしまって その部屋の中に入っていった
奥はちょっと埃っぽくて、暗くて
ゆっくり慎重に進んでいく
しばらくするとなにか変な台みたいなのがあって
その上に一枚の紙
達筆すぎてなんて書いてあるかわからない
あの子なら読めるのかなぁ...
そこからどうやって戻ったのかは思いだせない
未だにあの紙に書いてあったこともわからない
...あの子のことも、結局最後までわからなかったな
ただ
ただ一つだけ
たった一つだけわかったことは
明確な「好き」の違いだった
あの時、本当に驚いて
本当にうれしかったのに
きっと、あの子にとってはなんでもない
「俺と一緒に夏祭りに行った」の中の一つで
知らず知らずに見返りを求めてしまっていたんだろうな
でも、平気な顔するあの子を見て
打ち砕かれて
泣きたいのを我慢して、お揃いだって笑って
あーあ。馬鹿みたい。
馬鹿みたい、だけど
あの子を守れたなら、本当に後悔はないんだ。本当だよ。
探検をしてる時、偶然見つけたんだ
墨で書かれた1枚の紙
あの子が風邪をひいていて ひとりで探検してるときだった
『なんだ、これ』
なんとなく読んでみる
あの子の家にあったものほど達筆じゃなかったから 少しだけ読めた
嫌な予感がした
あの子の名前 仰々しい文 贄、の、文字
直感的にわかった
あの子が、いなくなる
やだ
嫌だ
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやだいやだいやだいやだ
絶対に
神様なんかに渡さない
あの子は、僕の、好きな人
神になんか、絶対に
どうする
どうしたらいい
必死に考えた
お母さんに怒られる時の言い訳を考えるときより ずっと必死に考えた
そして
思いついたのが
偽物の紙を作ることだった
そのころ、絵の模写にハマってたから
できる、と思ったんだろう
次の日
僕は家からこっそり 紙と墨と筆を持ち出した
使い方が分からなくて、ほぼ手探りで
しばらくして なんとか書けるようになって
震える手で、見よう見まねで書く
文字としてじゃなく、形として捉えて
ちゃんと、あの子の名前の所に自分の名を
愛知 と丁寧に書いて
そして、元の紙を
びりびりびり
あの子を僕から奪おうとしたこと
離そうとしたこと
恨みを込めて、盛大に破いた
なんどもなんどもなんどもなんども
小さくなってもなんども破いた
墨とか、筆とかはこの場に隠して
破いて散り散りになった紙は 持ってきたマッチで燃やした。
その瞬間、体が一気に重くなって 思わず四つん這いになるように倒れる
どす黒くて、誰かが生み出した嫌悪感の塊のようなものが 自分の中で暴れてる
『ッ"かハ、ッぁ"、ぅ"』
びしゃ、なんて音がした
鉄の味に、目を開けた瞬間映った赤い液体
何度か吐き出して、やっと、軽くなる
これが、なに、罰当たり、?
「愛知ー?どこー」
そういえば、かくれんぼ中だったっけ
あの子はまだ風邪で遊べない
...早く治るといいな。
小さい頃、本当に必死で
なにが善悪かわからないほどに
そのくらい、あの子が大切で
そういえば、あの日から足がなんとなく重くなって
思うように走れなくなったんだっけ
まあ、しょうがないか
目の前に、「おきつねさま」がいる
俺を、恨めしい目で見ている
俺も、そいつを睨みつける
あの子はもう、あの村にいない。
あの日からずっと、指に食い込んで外れない指輪
左手を握り、それを優しく右手で包んで胸辺りに持っていく
目を閉じる
思いきり押し倒され、体重を乗せられる
みしみし、なんて音がする
怖い
獣の爪が、肩に食い込んで
深く、深く食い込んで
右肩から、左脇腹まで
『う"ッ、ぁぁ"ぁ"ッ"ッ"ッ"』
大きく引っかかれた
痛い
右腕の感覚がない
左手を、指輪を、強く握る
『___ッ"、ァ、』
引っかかれたところから じわじわ開かれる感覚
痛みで、もう、声が出ない
内臓が意図的にぐちゃぐちゃにつぶされる
くちゃくちゃなんて、咀嚼音
こいつ、俺の内臓食ってる...?
自分の血で溺れる 口から溢れる
だんだん、意識が霞んできて
音が、感覚がなくなってきて
力が、抜け__
「貴様の想い人は、何も気にせずのうのうと幸せに生きておるぞ」
は
は、?
自分の中で、なにかが這い上がってくる感覚がした
高校を卒業して
大学を卒業して
就職して
恋なんてして
結婚して
パパ、なんて呼ばれるようになって
ありふれたようで、一つしかない
幸せな日々を過ごしていた。
中学の頃まで過ごした村での日々は
遠い昔の事のようになっていた
唯一残っているのは、夏祭りでもらった指輪
それも、机の引き出しの中に大切にしまって
充実した今を、過ごしていた
仕事の出張で、偶然近くだったから
12年ぶりに地元に帰ることにした
村自体もう廃れて誰もいないのは母さんから聞かされていた
でも、面影ははっきりと残っているわけで。
岐阜
夏祭りの日、愛知が舞を舞ってたっけ
綺麗だったな
そういえば、愛知って今どこで何をしているんだろう
母さんから引っ越したって聞かされたけど
なにかしら連絡手段持ってたらなぁ...
なんてぼんやりしてた時だった
少し強い風が吹いて、木の葉が舞う
なんとなくそれを目で追いかける
目線の先の木の上
俺が小さい頃によく登っていた木の上
愛知
岐阜
岐阜
愛知
驚きのあまり、言葉を失う
見た目も、背丈も、なにも変わっていなくて
あの日のままの愛知が、そこにいた
愛知
岐阜
愛知
愛知
岐阜
そこから、色々なことを話した
話していくうちに、だんだんと当時の事を思い出してきて
探検であの場所に行ったね ここの駄菓子屋でアイス食べたよね 夏祭りの時射的で指輪もらったよね
そんな思い出話でいっぱい
記憶の中よりも、ずっと小さい愛知
愛知
岐阜
愛知
岐阜
目を合わせて、笑い合う
昔に戻ったような感覚
本当に楽しくて このまま時が止まれば、なんて思ってしまう
村を結構歩いて
また神社に戻ってきた
岐阜
愛知
愛知
岐阜
愛知
岐阜
愛知
岐阜
そういうや否や、愛知は走ってどこかに行ってしまった
あれ、愛知のポケットからなにか...
近づいて拾う
小さい頃に撮った 俺と愛知のツーショット写真だった
よく持ってるな...
って、そうじゃなくて
これ愛知に渡さないと
大事な物でしょ、多分
岐阜
俺は大慌てで愛知の後を追った
岐阜
愛知が走っていった方を追ったつもり
どこだろう、ここ
この場所だけ何十年も放置されたかのように建物の劣化が激しい
腐敗している床もあり、何回か踏み抜きかけた
上にたまにある蜘蛛の巣にも気を配りながら 急ぎつつも慎重に進む
岐阜
ばきっ
なにかを踏んだような音と靴越しの感触
思わず一歩下がって足元を見る
筆が一本落ちていた。
よく見ると、そばに硯も落ちている
なんでこんなところに...?
ここは誰かの家だったのだろうか
そう思い記憶を掘り起こしても そもそもこの場所自体小さい頃に来ていたかが怪しくて
なんとなくこの場所がなんなのか知りたくなり 軽くあたりを見る
少し後ろの方に紙が置かれている台があり 覗き込んでみる
建物に対して、紙は多少汚れや破けがあったが 比較的綺麗な状態だった
俺は、興味本位で
その文章を読んだ
右のごと、古の代より傳へ來たる大御祭の法に照らし、 當年の大祀に奉る御贄の事を占なひ定むるに、
岐阜
「ねえ、岐阜」
岐阜
兆しき諸の徴、古の勘文らを參ひ見て、
愛知
岐阜
愛知を御贄に充つるべしと、公の議ここに極まりぬ。 ここに記し留めて、後の世の證とす。
岐阜
愛知
明るくて、笑顔で
いつもの愛知。
それが、怖かった
怖く、なった
体が動かない
冷や汗が、鳥肌が、震えが、
6月のはじめというのに 空気がとても冷たくて
今、俺の目の前で、屈託もなく笑って、元気に話している、こいつは、誰だ、
誰、なんだ
息ができない
喉が詰まる
そいつは、足を引きずるように後ずさる俺の手をとって
愛知
小さくて酷く冷たい手だった
知らない場所
森の奥深く
禁足地と書かれた向こう側
愛知
愛知が楽しそうに何かを話している
が
それが、余計に怖くて
脳に何も入ってこなくて
ただ、恐怖だけが手から全身に広がって
煙みたいにまとわりついて 内側に入り込んできて
生きている心地がしない
一歩。一歩。一歩。
ゆっくり、引きずられるように
重く冷たい棘に、無理やり「優しさ」と名付けたような。
頭が、胃が、ぐるぐるして
全部遠く感じて
でも、確かに冷たい手で
もう、なにもわからなくなっていって
愛知
明るくて、あたたかい声
なのに
奥底に、冷たく鋭い棘があって
刺されてる、ような、
愛知
岐阜
愛知
愛知は、止まらずにずっと歩き続けている
なにか、何か気を紛らわせようと視線を愛知から外す
岐阜
愛知
足がすくむ
もう、感覚すらもなくて
気が、遠く、なって...
愛知
冷たい温度で無理やり引き戻される
あのまま気絶できたらどれほど楽か
夢であったらどれほど楽か
...もしかしたら、今までの日々が夢で
こっちが、現実で
いや、そんなわけない
ない、よな...?
突然、愛知が足を止める
愛知
岐阜
井戸の縁まで、歩かされて 二人で立って
愛知
岐阜
重心が、前に
ぁ、
そ、うか、愛知、は、
俺、は、
解ってしまった 全部、全部、全部
俺の身代わりに愛知が生贄になったこと
あの祭りは、生贄のための祭りで
そんなことも知らずに、俺はのんきに生きていて
なにかが体から抜け落ちた気がした
その瞬間、体から熱が引いていく感覚
落下で押しつぶされる空気が 自分の体を透けて通っているような
そんなわけないのに
井戸の底
愛知が手を広げて笑っている
鋭く、冷たく、笑っている
きっと、恨んでいるんだろうな、俺の事
まあ、当然か。
あぁ、もう
終わりが、
水風船が弾けるような音が 井戸の底で微かに響いた。
コメント
6件
走馬灯みたいにスクロールする度背景変わるの泣いた、岐阜と愛知の全部の思い出が… 愛知と岐阜が形を変えて結ばれて?良かった! きっと愛知なりの愛の形だよ!岐阜も望んでたはずだし、メリーバッドエンド?てやつ! でも愛知は生贄になった時お狐さまになったのか、お狐さまが愛知の姿を借りていたのか、愛知が亡霊になったのか…
あの…もう…重たい…けど!好きです! こういう雰囲気大好きで!! なんか…健気だなぁ…もう…(泣) 感想なくてすみません…
うわあ……読んでいてずっと胸が締め付けられるようでした。特に、偽物の紙を書くシーンの必死さと、それが贄の身代わりになっていたという真実が重なって、切なすぎました。あの「お揃いだって笑って」の一文がずっと心に残ってます。第2話でここまで世界観と関係性の深さを見せてくれるなんて……続きが気になりすぎます。