1945年8月某日…太平洋戦争末期 軍部は一向に打開することができない現状にしびれを切らし一撃必殺の戦法……神風作戦を決行していた
神風とは搭乗員を犠牲に敵戦力に対し甚大な被害を与えるために考案され…… 多くの若者の命が犠牲になった
博
博
久しぶりに川にでも行くか
8月某日 俺…博は夏の暑さにうんざりしていた 戦争真っ只中のこの状況で俺は三男という立場に甘んじていた わかりやすく言うなら兵役を上手く逃れていたのだ
普通の家庭ならやれお国のためだのやれ英霊のためだの色々親がうるさいだろうが我が家は少々勝手が異なる この時代で言うところの非国民に当たる思想を持っていた もちろん周りにはそのことを気取られないようにしている
非国民的思想とはいっても今の世で言うところのごく普通の思想である 父親が大学教授だったこともあり戦争の残酷さ、無意味さをよく知っており、兄貴達が戦地に赴く際も 「どんなに体が千切れたって構わない。無事に帰ってきてくれ。」 これを戦地に行くまで毎晩のように兄貴達に話していた
そのため兄貴達はいまも無事で、度々満州から無事である旨の手紙が届く 軍が検閲をしているため当たり障りのないことしか書いていないが、両親たちはその手紙を見て喜んでいる 俺は毎日農作業を手伝いながらも平和な生活を謳歌していた しかしそんな生活も終わりを告げた
博
今から川に行ってく…る……
家に帰ると父親が玄関前で待っていた その異様さに俺は察しがついてしまった
父親
父親
博
順番だもんな…
赤紙 それは大本営が徴兵の際に郵便局を通じ家に届ける手紙だ これが届いたら否応なく戦地へと赴かなければならない 終戦までは来ないだろうと思っていたが無駄な期待だったようだ
父親
父親
博
世界が逆転したような衝撃だった 赤紙がいつか来ることは気がついていた しかし…神風特攻隊になるとは思いもよらなかった 生還率ほぼゼロ…おそらく生きてこの地を踏むことはできない…そんな悲劇が俺に舞い込んできた
博
父親
ここに「神風特攻隊入隊を命ずると書かれている」
父親
父親はそれだけしか言わなかった なんと薄情な…と一瞬思ったがよく見ると父の肩が小刻みに揺れている そりゃそうだ 父親は戦争にはめっきり反対だった…人が無意味に殺し合うことも しかし末っ子に最悪の不幸が舞い降りたのだ 父親が一番無念だろう
博
今からでかけてくるから…
父親
母さんにはまだ伝えていないが…どうする
博
父親
父親
それだけだ
博
博
なんでなんだよ!
博
電柱を思い切り殴り鈍い音がする 俺は荒れていた 数日後には必ず死んでいるんだ 急に受け入れられるわけがない
博
博
あいつ-和子は俺の幼なじみで 俺の恋人だ 幼い頃からずっと一緒にいて、親からは兄弟のようだとよくからかわれた そして一昨年…俺から告白をした 返事は1週間近くかかったが無事に俺たちは恋人になれた
そんなことから俺はよく和子の家に行く 第二の実家みたいなものだ 向こうの親とも面識があるし何より話し相手の和子がいるしで最高の場所だ しかし 今日はそんな悠長なことは考えていられなかった ほぼ本能的に彼女に説明せねばと思ったのだ
博
和子
和子
やけに今日はしけた顔してんね
どうしたの?
博
玄関から入るといの一番に和子の男勝りな口調とともにで発せられる少し高めの声を聞いた そしてこちらに向けた顔を見ると俺は無意識に安心し、口から言葉が漏れ出た
和子
私の部屋で待ってて
和子
博
待ってるわ
彼女の感の良さには脱帽である 俺は靴を脱いで家に上がり、歩き慣れた廊下を歩きながら彼女の部屋がある2階へと足を進めた
和子
博
持ってきてくれた麦茶を飲み干す
和子
話せることなら私に話してみ
博
そのつもりで今日は来たんだ
俺は震える口に無理やり言うことを聞かせて言葉を発した
博
しかも特攻隊
空気が凍った 先程まで間近に聞こえていた蝉の声が急に遠くに離れたような感覚に陥った
和子
博
和子
もう戦争だって決着が付いてるって博士のお父さんだって言ってたじゃん!
博
怒鳴ってしまった後はっと気が付き罪悪感にさいなまれる いまこいつは俺と同じ…もしくはそれ以上に混乱しているのだ… なのに俺は怒鳴ってしまった
博
今日来たのはこの話をして少しでも落ち着くためなんだ
和子
無理しなくていいからね
博
…彼女の優しさが身にしみる そのせいでますます俺の中のある考えが膨らんでいく 俺はとうとうそれを口に出した どれほど彼女を傷つけるかわかった上でだ
博
俺と別れてほしい
和子
どうしてそうなるの?
博
いつまでも俺に執着してるとお前は…この先新しい幸福をつかめない可能性だってある
そんなことになるならいっそ…
そこで俺の言葉は止まった 唇に触れる暖かくて柔らかい感触 仄かに香る服の匂い そして目の前にある恋人の顔
あまりにも突然すぎることに俺の思考は止まっていた しばらくの間俺たちは密着した体勢のままだった
博
博
和子
その罪の重さはあんたはよーくわかってるでしょ?
和子
なんとも子供らしい理論だ だが昔から一緒にいる俺にはそれが彼女なりの励まし方だとすぐにわかった 俺はさっきまでの考えを改めた
博
博
絶対に帰ってくる
どんなことになっても必ず帰ってくる
博
和子
博
それでも大丈夫だな?
和子
博
その後顔を見合わせひとしきり俺たちは笑った ちっさかった頃のように笑いあった
そしてしばらくしたあと俺は家に帰ることにした
和子
絶対に帰ってきてくれるって約束もしたしね
和子
博
和子
和子
博
必ず帰ってくる
そして俺は帰路についた 何年も歩いた道を歩きながら過去に思いを馳せながら
そして家に帰り父親と話をしようと顔を合わせたら
父親
…若いってのは素晴らしいな
…と何もかもお見通しだった
和子
和子
未練がましくそんなことを思っていると遠くから飛行機のプロペラ音が聞こえた まだ空襲警報はなっていないはずなのになんで!?と考えた しかしその疑問はすぐに消えた
飛んで来ているのはゼロ戦…零戦52型だ つまりは日本軍だが…何故ここに? ここは航空路ではないはずだと思っているとその疑問もすぐに消えた
私の家の上空で旋回をしたのだ もちろん顔なんて見えないが私にはすぐにわかった あれは博だ 博が挨拶をしにきたんだ
和子
和子
和子
そういう私の目には涙が浮かんでいた そして涙で歪む視界の中で、ゼロ戦は旋回を終わり山の向こうへと消えていった
和子
もっとこう楽に洗える方法とかないのかなぁ
母親
終わんないよ!
和子
扉を叩く音が聞こえる
いつもなら母親に任せるが何故か今回は私が出ると母親に言った
和子
和子
博
彼だ でも本当に彼なのか? 幻覚ではなく? 幽霊ではなく?
でも足はある そこにいるという存在感もある そして何より 私の本能がそこにいると告げている
色々あったことを言いたい 私の身に起きた変化や周りの変化を教えたい でのそんなのは後回しだ 今は一番言うべき言葉がある
私はなるべく平常な態度で そしてたっぷりの愛を込めて言った
和子
と
fin







