TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで

ハカセ父

あの5セット目、正直なところ勝ち目はないと思っていました。

ハカセ父

なぜなら、彼女の気分で答えを変えることができたんですから。

セイヤ母

そうなんですよね。

ヨウタ父

ってことは、後出しじゃんけんをして、相手がチョキを出した後にパーを出したってことですか?

ハカセ父

そうです。つまり、彼女はわざと負けたんです。

セイヤ母

でも、どうして……。それに、かたわらで見ていた私達だって、ゲームは彼女にとって有利だったことくらい分かるんだから、子ども達が気づかなかったわけがないと思うんですけど。

ハカセ父

はい。息子に確認したところ、真っ先に気づいていました。でも、それをあえて指摘しなかったんです。

ヨウタ父

でも、一歩間違えば負けていたというのに、どうして。

ハカセ父

私もね、この答えを息子から聞いた時は、驚きましたよ。

ハカセ父

……信じてみたかったそうです。

ハカセ父

彼女に……あのゴミさんに、まだ良心が残っていることを。

ハカセ父

正直、合理的でも理論的でもない答えでしょう?

ハカセ父

でも、どうやら私が思っている以上に、息子は立派に育ってくれたらしい。

セイヤ母

じゃあ、あえてルールの穴を指摘しなかったのも、全面的に彼女を信じるためだった……ってことですか?

ハカセ父

えぇ、そうでしょうね。

ハカセ父

もちろん、あれだけの事件を起こし、数多くの犠牲者を出したんです。

ハカセ父

彼女のご両親はもちろんのこと、脅されていたとはいえ実行犯となった担任、そして未成年だとしても、彼女自身も無罪放免とはいかないでしょう。

ハカセ父

ですが、日本の司法は良くも悪くも更生を目的としています。

ハカセ父

もちろん、楽ではありません。
しかし未成年の彼女に限っては、その先に希望が残されているようになっています。

ヨウタ父

ただ、息子達と彼女が改めて顔を合わせることはないでしょうね。

ヨウタ父

多くのクラスメイトを殺した相手を受け入れらるほど、人間はタフにできていませんから。

ハカセ父

もちろん、今さらになって仲良くするなんてことはできないでしょう。

ハカセ父

これから先、もう二度と関わり合うこともないでしょうね。

ハカセ父

でも、息子達は彼女を信じ、彼女は土壇場で息子達を許した。

ハカセ父

例え、それで関係が途絶えるのだとしても、お互いに納得した上で出した答えだったのでしょうね。

ヨウタ父

学校ってのは不思議なもんですなぁ。

ヨウタ父

見ず知らずの子ども達が、ひとつの教室に詰め込まれる。

ヨウタ父

大人になれば、苦手な相手との付き合い方も分かってくるし、互いに程よい距離感を保つことができる。

ヨウタ父

しかし、どうにも学校ではそうならないんですよね。

セイヤ母

世の中、色々な人がいるから、たまに合わない人が出てくるのは当たり前なんですよね。

セイヤ母

でも、息子くらいの年頃は妙に敏感で……なんて言ったらいいんだろう。誰かに嫌われることを極端に恐れるというか。

ハカセ父

たった1人の合わない人間に出会っただけで、クラスでの立場が変わりますからね。

ハカセ父

たまたま合わなかった1人が、周囲に影響力を持つ人間であれば、それだけでいじめが成立してしまう。

ハカセ父

この広い世の中、たった1人の合わない人間に、運悪く出会ってしまっただけで、命を落としてしまう人がいますからね。

セイヤ母

私、言いにくいですけど、学生の頃にいじめられていたことがあるんです。

ヨウタ父

へぇ、そいつは意外ですねぇ。

セイヤ母

高校の3年間、ずっと無視と陰口でしたよ。でも、それでも私と仲良くしてくれた子がいて。

セイヤ母

その子、たった1人なんです。

セイヤ母

他の子は全員私のことを無視で。

セイヤ母

でも、そのたった1人の子が手を差し伸べてくれただけで、今の私があると思うんです。

セイヤ母

もちろん、その子とは今でも連絡を取り合っています。

セイヤ母

本人はそんなつもりないんだろうけど、感謝しても感謝しきれません。

セイヤ母

一度、そういう話を本人にしたことがあるんですけど、そこまで感謝してるんなら、焼肉のひとつでも奢れって……。

セイヤ母

本当、付き合い長いけど変な子なんです。

ヨウタ父

でも、例え1人であっても、あの閉鎖的な学校という空間で、仲良くしてくれる人がいたら心強いですよね。

ハカセ父

……これは、仕事上の機密に当たりますので、伝えまいと思っていたのですが、ちょっとだけ口が滑ります。

ハカセ父

彼女……後の取り調べでね、泣きながら【私は1人じゃなかったんだ】って何度も繰り返していたそうですよ。

ヨウタ父

もっと早く、互いに分かり合えていれば、もしかして事件は起きなかったかもしれませんね。

ハカセ父

学校なんて世界は本当に小さく、でもそこから本人の力では逃げることができない。

ハカセ父

たった十数人のクラスの、それこそ一握りの人間に嫌われただけでも、世界中が敵に見えてしまう。

セイヤ母

あと、なんだかいじめられている側のほうが問題児みたいな扱いをされるのも良くないと思います。

セイヤ母

いじめられている側のほうが、別教室に移されたり、学校に行けなくなったりするのって、おかしいと思いません?

セイヤ母

隔離すべきは調和を乱すいじめっ子のほう。学校に来るべきではない人間も、いじめられるほうじゃなくて、いじめるほうだと思うんですが。

ハカセ父

海外のほうではそうですよね。

ハカセ父

いじめをしたほうが停学になったり、カウンセラーがついたりしますから。

ハカセ父

日本ではどうしても集団を意識してしまうため、いじめられている人間を排除しがちになってしまいますが。

ヨウタ父

まぁ、みんな仲良くが一番ですな!

ヨウタ父

どうです?
そろそろ八海山を入れますか?

ハカセ父のグラスが空になったのを見て、これまた空になった徳利を振って見せるヨウタ父。

ハカセ父

お手柔らかにお願いしますよ。

ハカセ父はそう言うと、ヨウタ父が差し出したお猪口を受け取ったのであった。

数日後。

セイヤ母

セイヤ、忘れ物ない?

セイヤ母

お弁当持った?

セイヤ

大丈夫だよ。もう子どもじゃないんだしさ!

セイヤ母

あのねぇ、親からすれば子はずっと子なの。

セイヤ母

今日から新学期だけど大丈夫?

セイヤ

大丈夫じゃないかな。
気分は大分いいし。

事件後、センセーショナルに世の中に伝えられた惨事。

しかし、人の噂も75日というのは本当で、11月に入った今となっては、大分落ち着いていた。

3年D組は事実上の解体となり、元3年D組だった人間は、他のクラスにそれぞれ割り振られることになった。

むろん、休校となったのは3年D組だけではなく、学校全体。

余談だが、元3年D組の教室と、遺体が安置されることになった隣の教室は、しばらく使わずにリフォームが入るとか。

ヨウタ

セイヤ!
起きてるかー!

普段ならば1人で学校に向かうところであるが、あんな事件があったせいか、複数人での登校が推奨されていた。

それぞれの家は決して近いわけではないが、使う駅が近いというだけで、ヨウタとハカセが迎えに来てくれる手筈になっていた。

ハカセ

僕が迎えに行った時点で、まだいびきをかいていたヨウタと一緒にしないほうがいいよ。

ヨウタ

ハカセ、だから悪かったって。

セイヤ母

あ、ヨウタ君。

セイヤ母

お父さんにお礼言っておいて。

セイヤ母

リンゴありがとうございましたって。

ヨウタ

あー、あれ。
親父のやつがダース間違えて発注したリンゴなんすよ。

ヨウタ

余らせるのもなんだからって、親父のやつ、発注した分丸々、セイヤのところとハカセのところに届けちゃったんです。

ヨウタ

結果、店にはリンゴがひとつも並ばないっていうね……。

ハカセ

なるほど、道理で家の食卓にリンゴがやたらと並ぶわけだ。

ハカセ

父さんなんて、リンゴジャムに溺れる夢を見て、うなされたらしいからね。

セイヤ母

そ、そうね。
ちょっとひと家族で食べるには量が多いかも。

セイヤ母

うちは他のお宅にお裾分けできたけど。

ヨウタ

あー、帰ったら親父しばいときます。

ハカセ

あ、もうこんな時間じゃないか。

ハカセ

セイヤ、行かないと!

セイヤ

……おう!

セイヤ母

それじゃ、気をつけてね。

セイヤ母

あ、ヨウタ君、ハカセ君。

セイヤ母

今度改めてうちに遊びにいらっしゃい。
アップルパイを焼いて待ってるから。

ヨウタ

……またリンゴかよ。

ハカセ

お誘いは受けますが、リンゴは遠慮しておきます。

セイヤ母

……ふふっ、冗談よ。
冗談。

セイヤ母

いってらっしゃい!

セイヤ

うん、いってきます!

まだ年端も行かぬ男の子達が、まるで幼い子どものように駆けて行く。

その背中を見送りながらため息をひとつ。

セイヤ母

さて、まずは洗濯から手をつけるか。

そう呟き落とした彼女の家のリビングには、なぜか大鍋が誇らしげに飾ってある。

―完―

この作品はいかがでしたか?

103

コメント

6

ユーザー

面白かったです!最高でした!応援してます!

ユーザー

最後まで面白かったです!

ユーザー

めっちゃ面白かったー

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚