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遊作たちが住んでる架空の土地の読み方は、久御丘(くみおか)市、星合(ほしあい)町です。
元々は空見丘・星逢という漢字だったのが長い年月を経て変化したという設定があるようなないような(どっちやねん)。
八月も中旬に差し掛かった頃、遊作たちの暮らす久御丘市星合町では夏祭りが開催されていた。商店街の各店舗が協力し合って主催しており、全国的に有名な祭事とまでは言えないものの、その賑わいっぷりは星合の周辺だけにとどまらず久御丘市外にも知れ渡るほどだった。
楽しいことに目がない遊作がそんな盛大な祭りを見過ごすわけもなく、いつものように小鉄・ジュディ・正之を連れて遊びに来ていた。
正之は本当は遊ぶつもりなどなく、原稿の進捗チェックに訪れたところをムリヤリ引っ張り出されてきたのだが……。
小鉄
一度ははぐれて人混みに消えてしまったと思われた小鉄が、小さな両手いっぱいに戦利品が入ったビニール袋を抱えて戻ってきた。
小鉄
遊作
好物のたこ焼きをたくさんゲットして小鉄はすっかりハイテンション。遊作もニコニコと嬉しそうに小鉄の説明を聞いている。
小鉄
遊作が持っているものは、こんがりきつね色の細長い生地が木の棒に刺してあり、見た目はコンビニ等でもよく売られているアメリカンドッグによく似ていた。
遊作
一時期テレビでもよく取り上げられ流行していたチーズハットグは、生地の中に入っているたっぷりのチーズがとにかくよく伸びることでも有名な韓国のファストフードである。
遊作
小鉄
差し出されたチーズハットグに小鉄がかぶりつくと、とろけたチーズがびよーんと伸びてなかなか途切れなかった。
小鉄
遊作
口だけでなく頭まで動かして伸びるチーズを堪能する小鉄を見て、遊作も一緒になって子供のようにキャッキャとはしゃぐ。
無邪気なふたりの様子を、正之とジュディは少し離れた場所から眺めていた。
正之
ジュディ
ジュディは素っ気なく呟き、片手に持った袋の中から綿飴をちぎり取っては口に放り込む。
大きな透明の袋に入った綿飴はカラフルに着色されていて、小さな子供や映え写真を撮る女性たちに人気があった。甘党のジュディにとってビジュアルは関係なく純粋に味が好みだったようで、先程から黙々と食べ続けている。
奏斗
ジュディ
いつの間にかジュディの隣に五~六歳ほどの少年がいて、大きな綿飴にキラキラと目を輝かせていた。トンボ柄の青い甚平を着た活発そうな少年だった。
ジュディ
ジュディが袋を差し出すと、少年の瞳が更に輝きを増す。
奏斗
遠慮なしに袋の中に手を突っ込まれ綿飴をむしり取られても、ジュディは嫌な顔ひとつしない。
気が短く怒りっぽいジュディだが、それは相手が大人の場合のみ。小動物や子供と接する際には、悪魔らしからぬ優しい一面も垣間見える。
遊作と小鉄、ジュディと見知らぬ少年、双方を微笑ましく思いながら、正之はチラリとスマホの画面に目をやる。今のところ職場からの連絡はないようだ。
華乃衣
誰かを呼ぶ女性の声と共に近付いてくる足音。
スマホをポケットにしまって顔を上げると、ジュディの傍らで綿飴を頬張る少年の元に浴衣姿の女性が駆け寄ってきた。
華乃衣
奏斗
少年は砂糖でベトベトの手と口周りを気にも留めず、女性に向けて満面の笑みを浮かべる。
すらりとした長身に大ぶりの椿が描かれた墨黒の浴衣がよく似合うショートヘアのその女性は、どうやら少年の母親のようだ。
華乃衣
女性はジュディの姿を見て目を瞬かせる。
華乃衣
伊佐家の日々の食品・日用品の買い出しを担っているジュディは、星合町内の様々な店舗に通っているため、顔見知りが多い。女性もそのうちの一人らしい。
ジュディ
華乃衣
ジュディが自分の胸元を指先でトントンと叩き、「名札」とだけ言うと華乃衣と呼ばれた女性はそれでジュディの言いたいことを理解したようだった。さすがに浴衣には付けていないが、普段の職場ではいつも名札を付けているのだろう。
華乃衣
ジュディ
奏斗
綿飴をせがまれ、ジュディは袋の口を奏斗の顔のそばに持っていく。
華乃衣は慌て気味に手持ちの巾着バッグから財布を取り出しかけた。
華乃衣
ジュディ
ジュディは片手を小さくひらりと舞わせて、受け取り拒否の意を示す。
華乃衣
奏斗
華乃衣
怒るというより呆れたように小言を零しつつ、華乃衣は巾着からウェットティッシュを出して少年――奏斗の口や手の汚れを拭き始めた。
ジュディ
奏斗
華乃衣
物怖じしなさすぎる奏斗の言動に、母親の華乃衣のほうがあたふたしているが、ジュディはこれといって動じる様子もなくサラッと答える。
ジュディ
奏斗
当人には言い慣れた名でも、幼い子供がジュディのフルネームを一度で覚えるのは些か難度が高い。
ジュディ
奏斗
天真爛漫な少年は、傍で母親が頭を抱えているのを知る由もない。
奏斗
ジュディ
奏斗の唐突な言葉は、如何に超常的な力を持つ悪魔のジュディといえども全く予想のつかないものだったらしく、珍しく目を見開いて面食らった表情に変わった。
華乃衣
面食らったのは華乃衣も同じのようで、焦りすぎているのか、あわあわと所在なく手をばたつかせる。
奏斗
華乃衣
ジュディ
平静を装ってはいるが、ジュディの声は僅かに上擦っていて、動揺の色が見て取れる。
正之
正之がさり気なくジュディたちから距離を取ると、ちょうどそのタイミングで職場から着信が入った。
正之
電話をかけてきたのは、学生時代からの先輩でもある間山里穂だった。
正之
入社したての頃からいろいろと正之の面倒をみてくれていた里穂は、正之一人で大丈夫なのか、自分も行ったほうがいいのではないかと気をまわす。
正之
婚約者の兵藤の名を出したことが、心配性の里穂を諫めるのには効果的に働いたようだ。もごもごとまだ何か言いたそうにしてはいたものの、ひとままずこの場は引いてくれた。
通話が切れた後も、正之は浮かない顔でしばらくスマホの画面をじっと見つめていた。
指先を滑らせてフォトフォルダを開き、保存された写真をスライドさせていくと、里穂と二人で写った写真が何枚も出てくる。
入社する前から先輩後輩として親しかったこともあり、他の社員より心理的にも物理的にも距離の近い存在ではあった。
しかし、あくまでも仲の良い先輩と後輩。それ以上でも以下でもない。里穂にとってはそうだった。正之にとっては違っても……。
正之
フォト画面の下部に表示されたゴミ箱のマークをタップしようとするが、触れる寸前で指が止まってしまう。
正之
結局、写真は消せないままフォルダを閉じた。
遊作
能天気な声に呼ばれて顔を上げると、遊作の底抜けに明るい笑顔が目に飛び込んできた。
遊作と接していると、うじうじと悩むのがバカらしくなってくる。傍迷惑な人間でも憎めない理由はそこにあるのかもしれない。
遊作
青海苔だらけの顔で小鉄もこっちに手を振っている。
すぐ傍にはジュディと華乃衣・奏斗親子もいた。
正之
遊作
全く信用のならない気の抜けた返事に苦笑いしつつ、正之はスマホをポケットにしまい、遊作の元へと向かった。