テラーノベル
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電車の揺れが、やけに長く感じた。 どこに向かっているのかも分からず、モヤがかかったように曖昧な頭のまま、座席に身体を預ける。 窓のふちにもたれさせた後頭部が痛い。もうずっと、同じ景色が流れている気がする。
hr
行く宛てがなかった。 途中で降りるか、終点まで残るか。そのどちらかを選んだところで、何も変わらない。 頼る人もいない。完全な孤独。 感じたことのない心細さに、潰さそうに胸が苦しくなる。
ヴーッ ヴーッ
hr
ポケットの中の振動音に、一瞬肩が竦む。ヒロはぎこちない動きでスマホを取り出した。 通知が並んでいた。 知らない番号だ。前掛けられた時とは、違う番号。 何件も、何件も何件も。
hr
自分にしか聞こえない声で、小さく呟く。 言葉と共に吐き出された息が、苦しげだった。
いつの間にか、電車を降りていた。 ずっと同じ姿勢で座っていたからか、背中が痛い。 灰色のホームは閑散としていて、人の気配がほとんどしない。機械的な時計の音が、その静かさを際立たせている。
hr
ふと、思い出しそうになる。 机の上。 無数の機材。 メッセージの送信ボタン。 知らない口座番号。
hr
ぎゅっと目を閉じる。 考えたくない。
ヴーッ ヴーッ
また、スマホが鳴る。その音を聞くだけで、凍りついたように身体が動かなくなる。握った手のひらが、汗に濡れていた。 音が鳴り止むのと同時に、張り詰めていた緊張が解けるのが分かる。
hr
ヒロはふらふらと立ち上がり、駅の奥にあるエスカレーターに乗った。
立ち止まったら嫌なことを考えてしまいそうで、ただがむしゃらに歩いた。 痛みが踵を伝ってゆっくりと全身に広がる。目の奥が痛い。視界がぼんやりしている。
hr
アスファルトの橋の上に、ゆっくりと座り込んだ。地面は硬かったけれど、座ったところから、じんわりと疲れが溶け出していく感覚がした。
hr
突然頭の上に声が降りかかり、ヒロは驚いて顔を上げた。 反射的に背筋が伸びる。警察官だ。
hr
立ち上がろうと手をつくが、上手く力が入らない。
hr
心臓がどきんと跳ね上がった。 聞かれたら、マズい。 調べられたら。 あの、バイトのこと。
hr
顔が青ざめていく。 脈絡のない言葉が、早口に口から飛び出す。
声が厳しいものに変わる。 ヒロは視線を逸らした。焦燥感が募り、何と返せばいいのか分からなくなる。
hr
考えるより先に、足が駆け出していた。 怒鳴り声が背中で聞こえる。 でも、止まらない。 止まれなかった。
hr
肩で息をしながら、明かりの少ない路地裏へ入り込む。 追いかけてくる足音がしないと分かって、どっと安堵が込み上げた。 再び座り込んで、両膝に顔をうずめる。喉が酷く乾いていた。走ったせいなのか、激しい焦りのせいなのか、分からない。 だけど、疲労と安堵は、ヒロを薄い眠りへ誘った。うつらうつらと、首が傾く。
____うわ、何こいつ。高校生? こんなとこで座り込んでんじゃねーよ、邪魔だな。 家出か?店出せるんじゃね。
hr
低く太い声に、弾かれたように目を覚ました。 色がスカスカに抜けた金髪の、いかつい体格の男が数人、目の前に立ちはだかっている。 ぞっとするほど冷たい目で、ヒロを見下ろしていた。
hr
こんな時は、どう答えればいいのだろう。思考を巡らせるが、いい返答は思いつかない。 とりあえず、できるだけ落ち着いた声を心がけた。
hr
軽い雰囲気で口角を吊り上げて見せるのに、目は笑っていなかった。 男たちが、段々と距離を詰めてくる。
逃げた方がいい。頭では分かっているのに、身体が重かった。
hr
ようやく立ち上がる。やはり、身体は惰性のように怠く、上手く動くようには思えなかった。 男が歯を見せて笑う。煙草のせいだろうか、かなり黄ばんでいた。
肩に手がかかる。ゴツゴツと骨ばった手だ。その感触に、ゾワッと肌が粟立つ。
hr
?
場違いに明るく、軽薄な男の声が横から割って入った。 男たちが一斉に声の方向を振り向く。 華奢な青年が、ポケットに手を突っ込んだまま、気怠そうにこちらを見ていた。 右耳に、シルバーのピアスがきらりと光る。暗がりでも分かる、端正な顔立ち。
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体格差のある男数人に言っているとは思えないほど余裕のある声だ。 説得というよりは、雑な声掛けに近い。
?
空気がぴりつく。 しかし、青年は気にした様子もなく、ポケットから取り出した手の爪を弄りながら、男と話し続けた。
?
煽るようなその態度に、男たちの表情が変わった。
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即答だった。 その軽さが、逆に火をつけたようだった。男の一人が青年に近づき、胸ぐらを掴もうと手を前に出す。 青年はそれを後ろに退いて躱した。そして、ヒロの方に視線を向けた。
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青年は既に男たちには興味がなくなったらしく、ヒロに近づいて声をかける。
hr
?
hr
?
さっきまでの軽さはそのままに、表情が一瞬無邪気な少年のような、楽しげなものに変わる。
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次の瞬間、ぐいっと手首を掴まれた。 冷たく、小さな手だ。迷いがない。 ヒロの身体が前に引っ張られる。
hr
おぼつきながらも、何とか体勢を整えて足を動かす。 背後からまた、怒声がした。 足音が追ってくる。
hr
何に対してなのかは分からないが、ヒロは謝った。その言葉に、青年が笑う。
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一瞬足をの動きを遅くした彼が、耳元で囁いた。
?
hr
彼に導かれるまま、ヒロは夜の街を走り抜けた。
四度目の角を曲がったところで、ようやく彼が足を緩めた。 鮮やかな色のネオンの光。 人の声や音楽が混じった雑多な音。 乏しい知識でも分かった。 歌舞伎町だ。
?
そう言って、手を離す。 ヒロはその場で少しよろけながら、何とか立ち続けた。
hr
息を整えながら、何とか言葉を出す。 顔を上げると、青年がこちらを見ていた。さっきと同じ、どこか軽薄な表情。 明るい茶髪や、その小鹿のようにきれいな容貌は、どこか夜の人間を思わせた。
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青年は興味が無さそうに答えた。
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肩を竦める。
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さっきのやり取りを思い出しているのか、面白そうに少しだけ笑う。 ヒロは小さく頷いた。
hr
そこでしばらく、言葉が途切れた。 ヒロも青年も、動こうとしない。 明るい街の喧騒が、イヤホンの音漏れのように遠くで響く。
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不意に聞かれて、ヒロは口を噤んだ。それから、小さく息を吐く。
hr
青年は何を考えているのか読み取れない無表情で、ヒロを見つめた。 そして、また突然に視線を外す。
?
hr
?
軽い口調で言って、青年はくるりと背を向けた。明るい方へと歩き出し、そのまま振り返らない。
hr
その細い後ろ姿を見つめながら、ヒロは考えた。 さっき引かれたあの冷たい指の感触が、まだ腕に残っている。
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振り絞ったような声で、青年を呼び止める。 彼は立ち止まった。少しだけ身体を振り向かせる。
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hr
遠慮がちな声。 だけど、思いの外はっきりとしている。 青年は一瞬目見開き、それから軽く笑った。どこか嬉しそうな表情だった。
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そのまま前を向く。
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コメント
2件
続き 、 楽しみです🥹💞