私
私が初めて針を手にしたのは
私
小学生1年生の時だった
私
大好きなうさぎのぬいぐるみの
私
耳が取れてしまって。
私
それを治してあげたくて、母に教えて貰いながら
私
一生懸命縫ったのだ。
母
「ほら見て。」
母
「うさぎさん、すっかり元気になったね」
私
「うん!」
私
「縫ってあげたら、げんきになった!」
母
「人間もね、」
母
「大きな怪我をしたら縫うことがあるの。」
母
「縫うことは病気や怪我を治す、」
母
「とっても素敵なことなのよ」
私
母がそう言ったのはきっと
私
自分がパッチワーク教室の講師をしていたせいでもあるのだろう。
私
私は、母の言ったことを
私
素直に信じ、沢山練習して、数年後にはすっかり裁縫を特技としていた
私
母が褒めてくれるから。
私
母が笑ってくれるから。
私
それが嬉しくて、私は作品を作り続けた。
私
けれど…
私
「ママ、見て!」
私
「新しいスカートを作ったの!」
母
「ごめんね、」
母
「今パパとお話中なの。」
母
「貴方はあっちの部屋に行ってちょうだい。」
私
「……。」
私
「はぁい……」
母
😢
私
私が3年生になった頃から、
私
段段と両親の仲が悪くなっていって。
私
父と母が言い争いをしたり、
私
時にはものを投げたりするのを度々目にするようになった。
私
そして……。
私
私が小学校を卒業すると同時に、母は、満開の桜の下を
私
寂しそうに歩いて行って。
私
そのまま二度と
私
帰ってくることはなかった。
私
父と2人になってからの日々は
私
まるで地獄のようだった。
ドンッ
私
成長するにつれて母に容姿が似ていく私を
私
父は酷く嫌い
私
すぐに暴力を振るうようになったのだ。
私
最初は
私
髪を引っ張ったり、頬を叩いたり
私
痛いけれど、アザは残らない
私
そんなやり方だった。
ガンッ
私
角のあるもので強く叩かれる。
私
カッターで腕や足を切りつけられる。
私
煙草の火を押し付けられる。
私
暴力はエスカレートして行って
私
私の体は傷だらけになっていた。
私
「お母さん……お母さん……」
私
「助けてよぉ……!」
私
終わらない痛みの中で
私
私は、必死に遠い母の幻に追いすがる。
私
いつでも優しく微笑み
私
私の作品を褒めてくれたあの笑顔に。
私
---------作品?
私
あぁ、そうだ
私
私は裁縫が得意だったんだ。
私
あまりにも辛い毎日に
私
1番好きだった物の記憶さえ消えていた。
私
縫ってあげたら、元気になるから。
私
ぬいぐるみも人間も、
私
縫うことは、よく効く治療法なんだ。
私
だったら……。
グチャ
私
その日、
私
私は初めて自分の体に針を刺した。
私
切られた足にはクロスステッチで
私
可愛らしい編上げをほどこそう。
私
なんだかお人形さんの足みたい。
私
タバコの火傷は、
私
赤い糸で囲って綺麗なバラに。
私
中心だけ色濃く出来ていい感じ。
私
あぁ、嬉しいな。
私
お母さんのパッチワークみたいですごく素敵。
私
もっと沢山縫いたい。
私
私自身の体を使って、
私
最高の作品を作るんだ!
クラスメイト
「うわ、見ろよ……あいつ、また腕縫ってるぜ」
クラスメイト
「うわ、キモ……。オシャレだとでもおもってんのかな?」
クラスメイト
「グロいし見てるこっちが不快だっつーの。てか学校来んな」
私
教室の端からそんな声が聞こえてくる度、
私
私はどんどん刺繍の数を増やしていった。
私
縫えば傷は治るから。
私
母のパッチワークに似た綺麗な刺繍を見ていれば、
私
心の傷も癒えていく。
私
手のひらにはリボン
私
腕元にはハート
私
両足の編上げも、もっと高くして。
私
絶えない傷の分だけ縫っていったら、
私
私の小さな体はすぐに、縫えるところが無くなってしまった。
クラスメイト
(全身ツギハギだらけでバケモノみたい」
私
やめてよ。今言わないで。
私
今言われたら、縫うところがないから治せないじゃない。
私
仕方ない。
私
耳を縫い合わせてしまおう
私
どんな悪口も哀れみの声も、
私
もう聞こえなくなるから。
私
もう傷つかなくていいよね?
父
「俺に話しかけるんじゃない。」
父
「お前の母親の声と似ていて」
父
「殺意が湧く」
私
分かったわ。
私
じゃあ口にファスナーを縫い付けましょう。
私
それなら食事の時には開けれるから、生活にも
私
支障がないでしょう?
私
あぁでも何かが違うのだ。
私
母のパッチワーク見たいな可愛い作品になりたかったのに
私
全身縫い目だらけになった私は、
私
グロテスクで、痛々しくて。
私
全然可愛くないのよ。
私
どうしてだろう。
私
どうしたらいい?
私
可愛くない
私
ただのツギハギのバケモノになった私を。
私
もう誰も。
私
助けてなんてくれない。……
男の子
「ねぇ君、お裁縫得意なの?」
私
高校生になってしばらくたったある日。
私
バケモノと言われ避けられている私に
私
1人の男が話しかけてきた。
男の子
「さっき、コートのボタンが取れちゃって。良かったら直してくれないかな?」
私
困ったように笑いながらコートを差し出してきたその人は、
私
私を怖がっていなかった。
私
だから私は、そのコートを受け取り、ボタンを付けた。
私
するとその人はさらに意外なことを言い出したのだ。
男の子
「そのコート、無地でつまらないからさ、君の体にあるみたいな綺麗な刺繍で、飾ってくれない?」
私
綺麗。だなんてあるわけないのに。
私
だけどその人の喋り方や表情からは、一切嫌味なようなものは感じられなくて。
私
初めて向けられた言葉に戸惑いながらも裾元に素早く刺繍してコートを返すと、彼は。
男の子
「ありがと!すごく気に入ったよ、これ!」
私
瞬間、私は泣いていた。
私
たったこれだけの事で「全てを受け入れてくれた。」なんて言うほど乙女思考じゃないし
私
私が体を縫っていたのは
私
別に綺麗な刺繍を誰かに認めてもらうためとか、
私
そんな理由じゃなかったのに。
私
それでも何故か一向に止まらない私の涙を、
私
彼は柔らかいガーゼのハンカチで、
私
とても優しく拭ってくれた。
私
彼と出会ってから私は少しずつ体の糸をほどいていった。
私
もっと彼の言葉を聞きたいから耳の糸をほどいて。
私
彼とキスがしたいから口のファスナーを外して。
私
おかしいな。
私
傷口を塞ぐために沢山縫っていたはずなのに。
私
彼の横でなら、糸をほどいても、全然傷が開かないの。
私
縫い目の無くなった私は、もう「作品」では無いけれど。
私
こっちの方が、ずっと可愛い気がしたんだ。
私
けど。
私
あ。……
私
ある日、ずっと愛用していた箸が片方だけ折れてしまったのを見て気がついた。
私
どんなものも、いつか壊れて無くなる。
私
そして対になる物が同時に壊れるとは限らない。
私
ならば彼の愛情も、私たちの幸せな日々も。
私
全ていつ壊れるか分からない、約束されていないものだと。
私
どれだけ私が思っていても、求めていても。
私
彼の思いは、突然プツリと切れて、私の前から居なくなる。
私
嫌だ。嫌だ。
私
だってもし彼を失ったら、その傷はきっと
私
身体中を縫っても塞がらない。
私
ううん。
私
それ以前に、私は、もう縫いたくなんて無いんだ。
私
せっかく彼のおかげで糸を解いて綺麗な体になれたのに。
私
これ以上また、痛々しい縫い目を増やしたくはない。
私
縫いたくない。縫いたくない。
私
でも縫ってしまえばくっ付くんだ。
私
もう離れられないんだ。
私
彼と私を縫い合わせてしまえば------。
私
なかなか糸が通らなかったのは、針を持つのがちょっと久しぶりだったから。
私
ただそれだけ。
私
決して…手が震えていたなんてことはない。
私
そう自分に言い聞かせてら真っ赤な糸を通した針を握りしめ、
私
眠る彼の横に近ずく。
私
ずっと一緒……。
私
これでずっと一緒だよ?
私
痛みはないようにちゃんと皮だけを塗ってあげるから大丈夫。
私
グビや耳だって痛くないように縫って見せた私だ。
私
それくらいは、なんの心配もない。
私
まずは、私の左腕と、彼の右腕
私
次に足も、届く範囲で縫い合わせる
私
そして最後に唇ね。
私
キスをしながら口を縫い合わせば最後の瞬間まで、ずっと離れないでいられるの。
私
素敵でしょ?
私
これが私の最後の作品。
私
糸も沢山用意した。
私
だから……。
私
「私と一緒に、死んで?」
私
冷たい針の先を、彼の柔らかい皮膚にそっとつき立てようとしたその時。
男の子
「ん……。どうしたの?」
私
静かにまぶたを開いた彼と目が合った。
私
まだ少し寝ぼけている瞳は、それでもまっすぐ私を捉えて離さなくて。
私
その瞬間、私が何をしようとしたのか理解し、
私
針を放り投げて駆け出した。
私
「---っ、嫌、嫌ァァっ……。」
私
服が破れてたのよ。なんて言い訳は、きっと通じない。
私
それに彼に嘘をつくのは絶対に嫌だ。
私
でも何をしていようとしてたのか素直に話せば。
私
彼は私の傍から離れてく……。
私
あぁ私はなんて事をしてしまったの。
私
ずっと一緒にいて欲しかっただけなのに
私
結局自らその関係を壊し、キズナを切ってしまうようなことをするなんて。
私
憎い。憎い。
私
自分の手が、愚かなことを考えた頭が憎い。
私
もう動かないように縫ってしまいたい。
私
骨の奥まで針を突き刺して、存在を消してしまいたい。
男の子
「縫ってもいいよ」
私
不意に包んだ優しい温もりが私の思考をたどる。
私
追いかけてくれた彼の手には、赤い糸が通ったママの針
私
彼はそのまま小さく笑って、
男の子
「俺は君になら縫われても構わないそれで君が傷つかないなら」
男の子
「でもね俺の体に針を通して1番傷つくのは君自身だろう?」
男の子
「俺はそれが嫌なんだ。」
私
そう言うと彼は、赤い糸を抜き取りその端を自分の指に結びつけた。
私
そしてもう片方を私の指に結びつけると彼は
男の子
離れない証拠はこっちの方が良くないかい?
男の子
---俺と結婚してください
私
零れた涙が頬を伝って肌に落ちていく。
私
でももう自分の体に針を刺すことは無くなるだろう。