惹きつけ体質の日帝さん

現在、私は入院している

数日前に化け物に襲われ、結構な重傷を負ったからだ

頬に切り傷、腹部に痣、左腕と右足骨折…といった具合だ

これも人を守った証だと思えば、なんということはない

だが、大人しくしなければならないというのは中々に退屈だ

…まあ、それも昨日までだったが

この男、アメリカが入院して来やがったのだ

なんでも、トラックに轢かれたのだとか

よくこの程度の怪我で済んでいるな… こいつも少し化け物じみている

この質問になんと答えればこいつが納得するか、誰か教えてくれ

化け物に襲われたと言えば、こいつは私を笑うだろう

まあ誰も信じるわけもない話であるのは確かだ

だが嘘をついたとしても、それはなんだか癪に障る

何故わざわざこの部屋なのだろうか

空いている病室がここだけだったとしても、何故こいつなんだ？

お前普段は元気だろ、何轢かれてるんだこの馬鹿野郎

さっきからこの調子だ

こいつと話すと、いつもの2倍は疲れる

こいつの言い方はどうも腹立つ

どうしてこう私を苛立たせるのが得意なのか、聞いてみたいものだ

全くもってその通り

しかしこいつに同意するのは嫌なので、黙ることにする

こいつに頭がおかしいやつ判定されたのが気に食わないが、これ以上説明しても無駄だろう

ｶﾞﾗｶﾞﾗ…

会話も終わり、日本が持って来てくれた本を読んでいると、病室の扉が開いた

私よりも先に、米国が反応した

ドサ、と数冊の本を置き、日本は近くの椅子に座る

急に真顔になる米国

少し面白い

むすっと腕を組む日本

にゃぽんそっくりだ

猫撫で声で日本にオネダリする米国

それはものすごく痛々しく、私は軽蔑の視線を向けた

「今は」という言葉が引っかかるが、漸く話題が移りそうだ

病院の夜というのは、どうしてこう不気味なのだろうか

暗くては本も読めないし、騒がしい米国も熟睡中

私は完全に暇を持て余した

私は全身に骨折を含む怪我を負っているため、絶対安静を言い渡されていた

イタ王に帽子を返さねばならないし、3日どころか一月以上も家を空けるとは…

いつまでも手元に置いてある帽子は、今も主人を待っているのだろうか

亡国の世界への経路は発見されていない

私は何故だか幾度も向こうへ行けているが、それが危険を伴う行為であるというのはわかっている

ｺﾂｺﾂ

ｺﾂｺﾂ

なにやら、硬いものを叩くような音が聞こえる

謎の音に良い思い出は全くないため、正直嫌気がさしているが、米国が隣に眠っているだけで安心感が違う

…いや、別に米国の隣が安心するとかではなく

いざとなったら肉壁にする為だ

声をかけてみても、恐らく米国の寝息が聞こえるだけ

ｼｬｯ

仕切りのカーテンを開けてみるも、米国が寝ているだけだった

昨夜のことが気になり、昼近い頃に米国へ質問してみた

例え米国の嘘であろうが、知らないと言われたなら深入りはしない

深入りは身を滅ぼすと、散々学ばされたのだ

ｺﾂｺﾂ

ｺﾂｺﾂ

夜も更けた頃、またしても音が聞こえた

もしや窓の外に何かがあり、それが風で窓に当たっている音だろうか

そう思って窓を見ると、音は消えた

ｺﾂｺﾂ

いつも夜に聞こえるその音は、私にしか聞こえていない

音が鳴っていても、窓の方向を見ると消える

…はずだった

何かが落ちた

考えられるのは、投身自殺だろうか

夜中にしては迷惑になる音量で怒鳴ると、流石の米国も飛び起きた

私の言葉を切り、米国は待ての手振りをした

そんなわけはない

私は確かに見たのだ

落ちていく黒い影を

米国はそのまま布団に入り、再び寝息を立ててしまった

しかし、米国の言うことにも一理ある

グチャ、とでも言おうか そのような肉の潰れる音は聞いていない

そして、このすぐ下は病院の入り口真ん前であるが、警備員や夜勤の看護師の声は聞こえない

外を覗こうにも、今は人の手がなければ起き上がるのも難しい

米国が寝てしまった今、私は大人しく眠ることしかできなかった

翌朝、私はそれとなく看護師に聞いた

看護師は少しばかり顔を顰めさせた

看護師は無理矢理話を切り上げ、そそくさと病室から出ていってしまった

隣にいた米国が声をかけてくる

折っていない方の手で本を取りながら、米国に返す

こうして普通の会話するのはいつ以来だったか

看護師と同じように、米国は会話を無理に終わらせた

閉塞的なのも相俟って、私がおかしいのかと錯覚してしまいそうだ

会話が終わり、静かな時が流れる

私とこいつの共通の話題など、戦争か日本かぐらいのものだ

それから1週間が経った

私は国である為、人間よりも治りが早い

もう腕はほとんど完治し、足も動かせるようになってきた

ただ、現国の回復力には及ばず、米国はもう数日と経たずに退院すると言っていた

その間も、私は夜間にコツコツという音と、落ちてゆく黒い影を見続けていた

ｺﾂｺﾂ…ｺﾂｺﾂ…

私は眠りが深い方でないにしても、この音を聞くとなぜか自然に起きてしまう

窓を見やれば、落ちる黒い影

もう寝よう、そう思った時

ﾄﾞｻｯ

確かに聞いた

人が落ちた

私は足に気を付けつつ、ベッドから立ち上がる

ガラガラと音を立て、窓を開ける

下を覗き込んだ瞬間、何者かに腕を引っ張られた

掴まれている腕を見ると、髪の長い女がいた

顔はよく見えないが、口は耳まで裂けているのがはっきりと視認できた

その大きな口から涎を垂らしながら、私を引き摺り落とそうとニタニタ笑っている

振り解こうとしても、物凄い力で捕まれ、精々踏ん張ることしかできなかった

病室は五階である

このまま落ちれば、命に後がない私はひとたまりもないだろう

まずい、もう耐えきれな…

落ちる、と確信した時、誰かに部屋側へ引き込まれた

どうやら、私を助けたのは米国のようだ

珍しくサングラスを外しており、呆れた目を向けられている

何を言っているのかわからない、奴の顔にははっきりとそう書いてある

確かに窓は見ていただろう、音がしていたのだから

だが、途中からは影を見送って静かに寝ていたはずで、呟いてなどいない

米国と口論していると、手にズキズキとした痛みが走った

袖を捲ると、掴まれていた腕には指のような形の痣や爪による引っ掻き傷らしきものがついていた

私たちは傷の不気味さにドン引きつつ、なるべく身を乗り出さないようにして窓を閉めた

あの後、私は夜勤の看護師に手当してもらい、窓に背を向けて寝た

そして朝、先ほど目を覚ました米国によって質問攻めを受け、私は白状して今までの出来事を話した

私のことを散々馬鹿にしていた米国が、今日は素直に話を聞いている

この野郎、舐め腐ってるのか

奴はケラケラと笑いながら、病室を後にした

新聞の端っこであるが、確かに私のいた病院の記事だった

窓や屋上から飛び降りる者が増え、その対策ということにされていた

幸いにも私の腕の傷はすぐに治り、日本たちは窓の女の話を知らない

確かめる気もあまり起きず、私は新聞から目を逸らした