柳の涙が頭を駆け巡る
憂えた柳の瞳と震えた声
目に映る柳に
僕は何も出来ないままだった
紡
今更柳の不器用な言葉を噛み締めた
微かなサイレンの音が耳に残った
少し霞んだ視界が妙に暗く見えた
さっきまで今日だった昨日が
何度も紡を殺した
もう自分でも何が辛いのか
わからなくなっていた
それがいつからなのかも
ずっと
わからないまま
聖夏
突然の呼びかけに肩が上がった
紡
聖夏
ほんの一瞬暖かさが揺らいだ気がした
聖夏
聖夏
紡は聖夏の言葉に唖然とした
紡
聖夏
聖夏
数秒間紡は口を噤んだ
紡
聖夏と紡は静けさを纏って
病室に足を踏み入れた
紡
傷だらけの柳の姿に
言葉が出なかった
聖夏
紡
紡は病室を去った
聖夏
心の傷が癒えないまま
いくつもの傷跡が増えていく
目に映るだけでただ辛かった
いつかの傷がまた深くなっていく
聖夏
紡は廊下の一端に腰を下ろしていた
紡
聖夏
視界に映る世界は曖昧になっていた
紡
紡は目を伏せて言葉を放った
紡
紡
紡
今になって柳の手の温かさが
鮮明に蘇ってくる
紡
紡
紡
紡
紡
貼り付けた笑顔が
今にも崩れ落ちそうだった
聖夏
脳裏を巡る言葉は
どんな言葉をかけても
発する前に全て消えていく
紡を傷つけてしまうような気がした
紡
紡
紡
そう言ってゆっくりと背を向けた
聖夏
震えた聖夏の声は
脆く
それでも確かに
紡に届いていた
聖夏
紡
聖夏
聖夏
聖夏
聖夏の瞳は物憂げに俯いていた
いつも能天気な聖夏が
優しい瞳をして言った言葉が
無常な優しさと
何かに対する怯えを映していた
紡
聖夏
紡
聖夏
聖夏
紡は真剣な瞳を
聖夏に向けた
紡
紡
紡
紡
紡
紡の声が少しずつ弱くなっていく
紡
紡
聖夏
聖夏は紡の手を握った
紡
紡の手は震えていた
聖夏
聖夏
掌に温かさが注がれた
聖夏
聖夏
聖夏
聖夏は優しく微笑んだ
紡
紡は傷だらけの心を覆うように
優しく笑顔を作った
いつかこの有り余る嘘と隠し事が
全て消えて失くなるまで
いつまでも待ち続けている
夕が暮れた病室に
ただ静かな呼吸音と
一定に刻まれる機械音が響く
放課後
紡は再び柳の病室に立ち入った
紡
病室に踏み入れた瞬間
背の高い1人の高校生が
不安そうに柳を見つめていた
紡
振り向くと同時に髪が揺れた
九条 凪
九条 凪
紡
九条 凪
九条 凪
九条 凪
紡
紡
九条 凪
九条 凪
九条 凪
九条 凪
凪は覚束無い言葉を
僅かに俯いて放った
いつもの笑顔すらも
消えかかっていて
儚かった
紡
九条 凪
凪はいつもバスケのことをあまり僕には話してくれなかった
柳のことだって知らなかった
何故か教えてとは言えず
何も知らないまま
凪に対して
割り切れない気持ちが残る
僕が知ってる凪は
寂しがり屋で
心配性で
強がりで
ちょっと馬鹿で
優しくて
暖かくて
嘘つきだ
九条 凪
紡
紡
九条 凪
紡
紡
九条 凪
紡
九条 凪
凪は想いを言葉に出来なかった
何度も掻き消されていく
九条 凪
それでも紡には届いていた
紡は誰よりも長く凪と過ごしてきた
誰よりも笑いあって生きてきた
強く歩んできた
だから
言葉で伝えて欲しかった
九条 凪
紡
九条 凪
紡
凪は再び割り切れない感情だけを 残して去っていった
紡
紡はゆっくりと柳に近づいた
紡
虚しさが淡い空気に飽和した
聞きたいことも
知りたいことも
口から零れ落ちる程に
たくさんあるのに
紡の目に映る柳の瞼は
閉じたまま少しも動かない
紡は柳の髪を撫でた
紡
柳の手を掴んで
力が抜けるように座り込んだ
紡
紡はゆっくりと顔を上げた
柳の瞼は仄かに開いていた
紡
紡
柳
紡はナースコールを強く押した
紡
柳は朧々とした意識の中
紡を見つめていた
柳
柳
柳
紡
柳
柳は安心したように笑った
溢れて止まない想いが
雫に溶けている
柳
紡
紡
そう言って笑いかけた
柳
柳
籠った声が
はっきりと伝わった
そして柳は優しく
ただ優しく笑った
紡の体温が柳の手を
強く握っていた