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柳の涙が頭を駆け巡る

憂えた柳の瞳と震えた声

目に映る柳に

僕は何も出来ないままだった

今更柳の不器用な言葉を噛み締めた

微かなサイレンの音が耳に残った

少し霞んだ視界が妙に暗く見えた

さっきまで今日だった昨日が

何度も紡を殺した

もう自分でも何が辛いのか

わからなくなっていた

それがいつからなのかも

ずっと

わからないまま

聖夏

紡…!

突然の呼びかけに肩が上がった

…どーした聖夏

聖夏

…柳が

ほんの一瞬暖かさが揺らいだ気がした

聖夏

…線路に落ちて

聖夏

…意識が戻ってないって

紡は聖夏の言葉に唖然とした

…は

聖夏

…私これから病院向かうけど

聖夏

…紡どうする?

数秒間紡は口を噤んだ

…僕も行く

聖夏と紡は静けさを纏って

病室に足を踏み入れた

っ…

傷だらけの柳の姿に

言葉が出なかった

聖夏

…柳

紡は病室を去った

聖夏

紡…!

心の傷が癒えないまま

いくつもの傷跡が増えていく

目に映るだけでただ辛かった

いつかの傷がまた深くなっていく

聖夏

…紡?

紡は廊下の一端に腰を下ろしていた

聖夏

…どーして

視界に映る世界は曖昧になっていた

…怖いんだ

紡は目を伏せて言葉を放った

…柳のこと

…何も思い出せない

…思い出していいのかもわからない

今になって柳の手の温かさが

鮮明に蘇ってくる

…でも

…柳は僕に優しかった

なんて言えばいいかわからないけど

…泣きそうなくらい

…とにかく嬉しかった

貼り付けた笑顔が

今にも崩れ落ちそうだった

聖夏

脳裏を巡る言葉は

どんな言葉をかけても

発する前に全て消えていく

紡を傷つけてしまうような気がした

…ごめん

…じゃ

先学校行っとく

そう言ってゆっくりと背を向けた

聖夏

…うん

震えた聖夏の声は

脆く

それでも確かに

紡に届いていた

聖夏

…紡

…っ

聖夏

…柳は大丈夫だよ

聖夏

…でも

聖夏

…柳のそばにいてあげて

聖夏の瞳は物憂げに俯いていた

いつも能天気な聖夏が

優しい瞳をして言った言葉が

無常な優しさと

何かに対する怯えを映していた

聖夏

…ねぇ紡

…ん?

聖夏

…紡はその笑顔で

聖夏

…誰を守ってるの?

紡は真剣な瞳を

聖夏に向けた

…わかんないよ

…わかんないんだよ

…何にも

…必死に自分を取り繕って

…いつの間にかそれも壊れてて

紡の声が少しずつ弱くなっていく

…もうどうしたらいいのか

…わかんないんだ

聖夏

聖夏は紡の手を握った

っ…

紡の手は震えていた

聖夏

…私はここにいるから

聖夏

…ちゃんと

掌に温かさが注がれた

聖夏

…紡は1人じゃない

聖夏

…だから私も1人じゃない

聖夏

…これでいいんだよ

聖夏は優しく微笑んだ

…ありがとう

紡は傷だらけの心を覆うように

優しく笑顔を作った

いつかこの有り余る嘘と隠し事が

全て消えて失くなるまで

いつまでも待ち続けている

夕が暮れた病室に

ただ静かな呼吸音と

一定に刻まれる機械音が響く

放課後

紡は再び柳の病室に立ち入った

…?

病室に踏み入れた瞬間

背の高い1人の高校生が

不安そうに柳を見つめていた

…凪?

振り向くと同時に髪が揺れた

九条 凪

…びっくりした

九条 凪

紡か

…凪も来てたのか

九条 凪

うん

九条 凪

…一応

九条 凪

…副キャプテンだし

…そっか

バスケの大会近いんだっけ?

九条 凪

…3週間後

九条 凪

1番大事な試合なんだ

九条 凪

…エースの柳が欠けたら

九条 凪

…チーム的にもきつくてさ

凪は覚束無い言葉を

僅かに俯いて放った

いつもの笑顔すらも

消えかかっていて

儚かった

…そっか

九条 凪

…っ

凪はいつもバスケのことをあまり僕には話してくれなかった

柳のことだって知らなかった

何故か教えてとは言えず

何も知らないまま

凪に対して

割り切れない気持ちが残る

僕が知ってる凪は

寂しがり屋で

心配性で

強がりで

ちょっと馬鹿で

優しくて

暖かくて

嘘つきだ

九条 凪

…紡って柳と仲良いんだな

んーん

…1.2回くらいしか話したことない

九条 凪

…でも僕は柳のこと

…よく知ってる

九条 凪

…っ

…そんな気がする

九条 凪

凪は想いを言葉に出来なかった

何度も掻き消されていく

九条 凪

…そっか

それでも紡には届いていた

紡は誰よりも長く凪と過ごしてきた

誰よりも笑いあって生きてきた

強く歩んできた

だから

言葉で伝えて欲しかった

九条 凪

…紡

…?

九条 凪

…俺今日は帰るわ

…うん

凪は再び割り切れない感情だけを 残して去っていった

紡はゆっくりと柳に近づいた

…柳

虚しさが淡い空気に飽和した

聞きたいことも

知りたいことも

口から零れ落ちる程に

たくさんあるのに

紡の目に映る柳の瞼は

閉じたまま少しも動かない

紡は柳の髪を撫でた

…柳

柳の手を掴んで

力が抜けるように座り込んだ

…起きて

紡はゆっくりと顔を上げた

柳の瞼は仄かに開いていた

…っ

柳…!

紡はナースコールを強く押した

柳が目を覚ましました…!

柳は朧々とした意識の中

紡を見つめていた

…つ

…む

…ぐ

…よかった

柳は安心したように笑った

溢れて止まない想いが

雫に溶けている

…ご…めん

…もういいよ

…大丈夫

そう言って笑いかけた

…ありが

…とう

籠った声が

はっきりと伝わった

そして柳は優しく

ただ優しく笑った

紡の体温が柳の手を

強く握っていた

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九条 凪 くじょう なぎ

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