テラーノベル
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若林志保は、夏の夕暮れが好きだった。
放課後の熱気がまだ街にこもっている時間、
友達の新山日奈子と並んで歩きながら、ふと口にした。
若林 志保
新山 日奈子
呆れながらも笑ってくれる日奈子の声。
その横顔を見ながら、志保は「本気なんだけどな」と小さくつぶやいた。
彼女にとって、猫は憧れだった。
自由で、気まぐれで、それでいてどこか人を癒やす存在。
誰にも縛られず、ふらりと街を歩き、好きな場所で眠り、好きなときに人に甘える。
──そんな生き方ができたら、どんなにいいだろう。
その夜、志保は窓辺に座り、外の月を見上げながら心の奥でつぶやいた。
若林 志保
その願いが、ただの夢想で終わらないことなど、このときの志保は知る由もなかった。
朝。蝉の声が一斉に耳に飛び込んでくる。
志保はまどろみの中で、いつもと違う感覚に気づいた。
体がやけに軽い。布団の感触もおかしい。
目を開けると、視界が低い。いや、部屋の景色が巨大に見える。
若林 志保
思わず声を出そうとしたが、口から漏れたのは──
若林 志保(猫の姿)
澄んだ、猫の鳴き声だった。
小さな鏡の前に駆け寄る。
そこに映っていたのは、人間の少女ではなく、薄茶色の毛並みをした猫。
まん丸な瞳が驚きに見開かれ、口をぱくぱくと動かしている。
若林 志保(猫の姿)
心臓が跳ねる。
夢でも幻でもない。足先の肉球の柔らかさ、尻尾の重み、ひげの感触が、はっきりと現実を告げていた。
窓から差し込む夏の光に目を細めながら、志保は胸の奥に奇妙な高鳴りを覚えた。
恐怖ではなく、歓喜に近い感情。
若林 志保(猫の姿)
猫になった志保の新しい一日が、静かに始まろうとしていた。
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