夏の朝は、いつもより蝉の声が騒がしかった。
志保は胸の奥が落ち着かず、夜明けと同時に神社へと向かった。
今日が、優希の手術の日だと知っていたから。
赤い鳥居の前に座り込み、じっと参道を見つめる。
通り過ぎる人々の足音に耳をそばだて、そのたびに心が揺れる。
けれど、待ち人の姿は現れない。
若林 志保(猫の姿)
信じるしかなかった。
志保は小さな前足を合わせるように胸の前で祈り、ただ祈った。
猫の声では神様に届かないかもしれない。
それでも、必死に願った。
若林 志保(猫の姿)
太陽が高く昇り、やがて沈み始めても、優希は現れなかった。
石畳は夜の気配に冷えはじめ、境内はひっそりと静まり返る。
そのとき、神社の下を通る人々の小さな声が耳に届いた。
︎︎
︎︎
志保の世界が、一瞬で崩れ落ちた。
若林 志保(猫の姿)
体が震え、尻尾がかたくなる。
耳をふさぎたいのに、猫の耳は敏感にその言葉を拾ってしまう。
若林 志保(猫の姿)
小さな声が漏れた。
それは悲鳴にも似ていた。
夜が更けても、志保は鳥居の前を動かなかった。
信じたくなかった。
認めたくなかった。
若林 志保(猫の姿)
そう思いながら、志保は鳥居の下で目を閉じた。
優希の笑顔を思い浮かべる。
あの手の温もりを、思い出す。
──でも、もう二度とその姿は戻らない。
それでも。
若林 志保(猫の姿)
その祈りにも似た言葉は、誰にも届かず、夜の空気に溶けていった。