愁斗
今はね、どこで何してるのか分からないの。

愁斗
ちょっと、色々あってね.....。

愁斗
去年、家を出ていったっきり.....。

お兄さんの事について話し出した愁斗は、悲しい顔をしながらも、どこか愛おしい表情をチラつかせた。
愁斗
3歳上なんだけどね、俺の憧れなんだ。

愁斗
勉強はできないけど、優しくて、かっこよくて、強い。

愁斗
いつも、俺らを守ってくれてた。

愁斗
どこで、何をしててもいい。

愁斗
生きてさえいてくれてたら...。それで。

本当は、とてつもなく会いたいのだろう。言葉では隠すが、愁斗の全てからそれが溢れていた。
愁斗
ふみ君は、兄弟いるの?

史記
うん...。俺も兄貴が。

愁斗
ふみ君、弟なんだ。
お兄さんっぽいのに、意外だな。

愁斗
仲良いの?

誰にも話したことはなかった。
話す事でもないと思ってた。
史記
仲は、悪くはないのかもしれない。

史記
でも、俺の方から距離を置いてる。

愁斗
理由、聞いてもいい?

史記
俺も、兄貴が憧れだった。

史記
運動もできて、勉強もできる。
かっこよくて、優しくて、本当に非の打ち所がないような人なんだ。

史記
でもね、だからこそ昔から俺は兄貴と比べられてきた。

史記
兄貴に比べて、俺は、何も出来ないんだ.....。

愁斗
そんな事ないよ!

愁斗は優しい。
その優しさに甘えたい気持ちを押し殺し、言葉を続けた。
史記
ありがとう。

史記
でも実際、運動は苦手だし、勉強もね、昔は結構頑張ってたんだ。
それでもね、兄貴との差は開くばかりで.....。
高校も第1志望は落ちたんだ。

史記
それで心がポキッと折れた。

史記
もう兄貴には何も勝てない。

史記
全部諦めたらさ、親にも見捨てられた。

史記
もう、お前には何も期待しない。だってさ。

史記
親は兄貴しかみていない。

史記
でもね、そのおかげで今は自由にさせてもらってるって思えてる。

暗い話になってしまったから、最後はニコッと笑ってみる。
愁斗
無理に笑わなくていいよ。

愁斗
そう教えてくれたのは、ふみ君でしょ?

昔は、色んな感情を隠すためにヘラヘラ笑っていた。
ちょっと前の愁斗みたいに。
そんな愁斗をみていると、昔の自分を見ているようで腹が立っていたのがもう既に懐かしい。
史記
うん、そうだね。

史記
無理に笑う必要なんてない。

史記
悲しい時は泣けばいい。

史記
辛い時は誰かに“助けて”って言えばいい。

史記
その後に、笑えれば、それでいい。

愁斗
話してくれて、ありがとう。

史記
ううん。聞いてくれてありがとう。

史記
親が俺に期待しなくなって、最初は辛かったんだ。

史記
俺は消えた方がいいんじゃなかって思ってた時期もあった。

史記
でもね、期待に応えようと頑張ってた頃より、今の方が生きるのが楽なんだ。

史記
家族だからって、合う合わないは絶対にあると思う。

史記
1人の人間なんだから。

史記
俺は、家族とは合わなかっただけ。

史記
見捨てられたって言い方したけど、ただ親離れ、子離れしただけ。

史記
親の期待に応える人生じゃなくて、俺は俺の人生を歩んでいくんだ。

史記
どうしt...!!

史記
しゅ...と?

愁斗
あ、ごめんね。
なんか、ギュッてしたくなっちゃった。

愁斗
ふみ...君?

戸惑う愁斗の肩にそっと手を置き、少しの時間見つめ合う。
月明かりに照らされた
2つの影がゆっくり重なった。