ある初夏の、晴れた日のこと
いつかは分らないが、かなり昔の出来事
ある若いカップルが、山でハイキングしていた
若い女性
んー、いい天気ね
若い男性
今ぐらいの季節が一番いいね
若い女性
そうね
男はカメラを持っていた
スマホなんてまだなかったころのこと
若い男性
写真撮ろう
若い男性
そうだな そこに立って
若い女性
崖の方? ちょっと怖いね
若い男性
そっち側の方が景色がいいからね
男が持っているのはインスタントカメラの一種
「ポラロイドカメラ」などと呼ばれた
写すとその場で写真が出てくる物だった
若い男性
いくよ
若い女性
ん
カシャッ
若い女性
きれいに撮れた?
若い男性
うん
若い男性
すごくきれいだ
若い男性
人生の、最高の一瞬だよ……
若い女性
ちょっと、大げさだよ
若い男性
そんなことないよ
若い男性
本当にきれいだ
若い女性
もう 恥ずかしいって
若い男性
じゃあ今度は二人で撮ろうか
若い男性
小型の、カメラ用の三脚を持ってきたんだ
若い女性
用意がいいね
若い男性
こうして……タイマーをセットして
若い男性
よし!
カメラを準備すると、男は小走りで女に近づき
そのまま 女を突き飛ばした
若い女性
えっ
何が起きたのか、私にはわかりませんでした
ただ
まっさかさまに落ちていく、その直前
あの人が泣いていることに気が付きました
なぜ泣いているのか分らないけれど
崖の上に一人取り残されるあの人が
とてもかわいそうな気がしました
グシャ!