ワクチンだとか医薬品だとか
半年前までは医療機関が躍起になって
研究や治験を進めていた
地球を、人類の故郷を守るために
けれど、今は違う
研究をしていた者も
薬を発明していた者も
医者も
そうでない、普通の人も
地球に棲まうほぼ全ての人類が
半年前に流行ったウイルスに侵され
"植物人間"になってしまった
"植物っぽい人間"になったんだ
裕之
裕之
由奈
裕之
裕之
裕之
俺はただ一人、助かった
恐らくこの世界でただ一人、
このウイルスに免疫がある人間だった
"俺だけが"
"植物になることを許されなかった"
HpV223 ( Human plant virus 223 )
このウイルスに感染した者は
全身の筋肉が硬直後
人間らしい活動、歩いたり喋ったり
そういうことができなくなる
寝たきり状態に、なる
その代わりに皮膚から
気味の悪い"根"が生えてきて
土に伸びていく
土壌のプランクトンや虫から
タンパク質を
そして、自らが同化して作り出した
糖分や栄養などを補給して
半永久的に生きながらえていく
完全にその姿はもう、人間ではなく
植物だ
裕之
裕之
由奈
裕之
裕之
由奈
スプーンで鯖缶を掬って
由奈の乾いた口に入れてあげる
変わり朽ち果てた世界には
肉も魚も
野菜も
電気もガスも水道も
もう、なにもない
残っているのは日用品と缶詰
動物と植物と虫
そして、植物人間と俺
裕之
由奈
ウイルスに滅ぼされた地球は
ただ静寂と孤独の塊になって
太陽系をゆらゆらと彷徨っている
俺はそのイメージに少し切なくなる
でも、もしかしたら
根本を掘り返せば
本来の地球の姿は
まさしく、こうなのかもしれない
人間の一期を繁栄させてくれた
地球への誠意を込めた感謝として
人間は植物になったのだろうか
人間は最後には土に還って
地球の一部になるのだろうか
そうならば人間の生きた証が後に残り
悲しみや憂いはやがて消えていく
でも、唯一残った俺はどうなる?
人間としての最期の役目を果たせなかった人間はどうすればいいの?
そんなことを、毎日考えている
裕之
裕之
裕之
答えがない問いに答えなんてない
そんなのは、当たり前だ
由奈
由奈
裕之
かぼそい、由奈の声が聴こえた
裕之
裕之
由奈
今までは呻き声が聴こえても
理解までには至らなかった
でもなぜか今日は
由奈の言いたいことが理解(わか)る
"苦しい"と言っている
それもそうだ
プランクトンや虫だけで
人間の代謝が賄える訳がない
苦しいに決まっている
裕之
裕之
由奈
"殺して"
苦しいから、怖いから
私を殺して欲しい
由奈はそう訴えていた
生よりも死を選ぶ
それほど堪え難い生を
由奈は半年間も耐えている
俺は由奈の要望に応えようと
草刈用のハサミを右手に持つ
裕之
由奈の気持ちを考えると、辛い
でも由奈はその何倍も辛いはず
由奈の思い通りにさせてやりたい
させてやりたいのだけれど
裕之
ハサミを床に落として、そして
由奈を優しく抱きしめた
俺には、できない
由奈を殺めることなんて
裕之
裕之
裕之
由奈
由奈
由奈
"私、裕之がいい"
裕之になら殺されても、いいよ
どうして?なんで?
そう問うてしまう自分が憎い
裕之
由奈
"たくさん、いる"
私みたいに苦しんでいる人が
助けられるのは、裕之だけだよ
裕之
裕之
俺の質問に由奈はゆっくり頷いた
裕之
裕之
裕之
裕之
裕之
地球の一部にも、君の一部にも
そのどちらにもなれなかった俺には
君を、地球を殺す資格はないのだ
ふと、俺の手に違和感を感じた
由奈は俺の手をとっていた
動くはずのない腕が、動いた
由奈
最後まで大好きな裕之の側に居れて
私は幸せだったよ
そう、最後の力を振り絞って
由奈は精一杯の四文字を呟いた
裕之
その愛情は、
君を殺すのに十分な量だった
君と僕が逆の立場であれば
君は迷わず僕を殺しただろう
殺すほど愛してくれていただろう
でも俺の愛だけでは殺せなかった
君の愛が必要だった
なんて情けない
裕之
裕之
裕之
由奈は俺の目を見つめて、微笑んだ
苦しんでいる人は私だけじゃない
みんな私と同じくらい苦しんでいる
その苦しみから解放されたい人がいる
だから、助けてあげて
由奈の瞳は、その全てを語っていた
裕之
由奈は静かに目を閉じる
由奈
同時にジャキンと小気味良い音が
小さく響いた
これから俺は、沢山の植物を
助けてあげなければならない
同時にそれは人を殺すことになる
けれども、それは
俺の使命でもある
同じ使命を担う者と出会うこと
そんなことを心で期待しながら
俺は由奈の言いつけに従って
孤独の中、生きていく
この地球で、生きていく
コメント
2件
さくらんぼの実さん お読みいただきありがとうございます✨ 私もこの作品が一番好きなので、感動していただけて本当に嬉しいです!🥺 これからもよろしくお願いいたします!
うぅぅぅ感動でございます!