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――ガタンという音と一緒に、引き戸が揺れ動いた。

ただ、揺れ動いただけで、戸は開いていない。

堀田のおばちゃん

あら?
鍵がかかってる。
珍しいわねぇ。

堀田のおばちゃん

どこかにお出かけかしら?

滅多に事件など起きず、ゆえに防犯意識も低い田舎の集落。

家に鍵をかけるなんて滅多になく、開いていることのほうがデフォルトだった。

シンジ

(あ、そうか。さっき鍵をかけたんだった)

母親の殺害現場となった玄関先。とっさにシンジは鍵をかけていたことを思い出した。

シンジ

(危ねぇ……。鍵を閉めていなかったら、堀田のおばちゃんに見られていたかもしれない)

堀田のおばちゃん

いないなら仕方がないわねぇ。

独り言と一緒に、足音が玄関から遠ざかっていく。

シンジは胸をなで下ろし、そして血に染まった玄関を見てため息をひとつ。

人間というものは、こんなにも出血するものなのか。

これまで全く知らなかったこと、そして知らなくてもいいことをシンジは知ってしまった。

シンジ

(今日のうちに玄関も片付けておかないとな)

シンジは気を取り直して作業に取り掛かった。

血を拭き取り、雑巾が真っ赤に染まったら、バケツにそれを絞る。

バケツが赤色で一杯になったら、それをトイレに流して、再び同じ作業を繰り返す。

最後に水で玄関先を流し、その水を雑巾で拭き取って、ようやく表向きは綺麗になった。

シンジ

(これで綺麗になったようには見えるけど……)

外はすっかり暗くなっている。

念のために使ったバケツと雑巾は、ポリ袋でひとつにして自分の部屋に置いておくことにした。

どう処理していいか分からないが、捨てるより安全な気がした。

シンジ

(なんでこんな時も腹は減るんだろうな……)

大仕事が終わるのを待っていたかのごとく、腹の虫が遠慮なしに鳴いた。

シンジ

そう言えばアキノリ……飯はどうしたろうか?

台所に行って冷蔵庫を開けてみるが、しかし入っているのは発泡酒だけ。

シンジ

あいつ、俺達にはろくに飯を出さないくせに、酒ばっかり買い込みやがって。

愚痴を漏らしながら冷蔵庫を閉めると、シンジは家探しを始めた。

シンジは知らないが、どこかに生活費があるはずだ。

口座に入ってしまっていたらそれまでだが、これから先は弟と2人で食いつないでいかねばならない。

生活保護という制度に頼って、ろくに働きもしなかった化け物はもういない。

先のことを考えると嫌になった。

家探しをすることしばらく。

母親の財布を見つけたシンジは、急いで中身を確認する。

入っていたのは数千円と小銭が少しだけ。

それでも、しばらくは飢えをしのげそうだった。

シンジ

(あいつのせいで、飢えることには変に慣れているからな)

シンジは財布から金を抜き取った。

ようやく制服を脱いで洗濯機に放り込む。

洗濯機を回すと、普段着に着替えて、財布から抜き取った金をポケットに捩じ込んだ。

シンジ

(アキノリは部屋かな)

シンジは2階に向かう。

2階にはシンジとアキノリの共有している部屋があった。

父が存命の頃の名残りで、昔のゲーム機なども置いてあり、シンジとアキノリにとっては、この窮屈な家の中で、唯一心を落ち着かせることのできる場所だった。

もっとも、機嫌が悪いと、そのサンクチュアリにさえ、あの化け物は踏み込んできたのだが。

シンジ

アキノリ……。

名前を呼びながら部屋の戸を開けると、アキノリは壁に寄りかかって寝息を立てていた。

きっと疲れてしまったのであろう。

シンジ

(とりあえず証拠になりそうなものは処分したし、しばらく家を離れても大丈夫だろう)

時刻は随分と遅くなっていたが、家には食べるものがなにもない。

不幸中の幸いで、お金は手に入れることができたから、買い出しに行かねばならない。

ここから少し離れているが、自転車で15分ほど走るとコンビニがある。

夜も遅いし、この辺りの店舗で開いているのは、そこくらいしかないだろう。

夜の通りは人通りも少なく、また季節のせいか空気が冷たかった。

いつしか雨は止んでいた。

ここも見慣れた光景で、毎日のように見る光景だった。

ただ、こんな時間に外出することなんて滅多になく、ましてやコンビニなんて行くこと自体が珍しい。

この時代に生きていながら、あの悪魔のせいで、まるで浦島太郎のような生活を送っていた。

あの悪魔が体裁を保つためだけだが、高校に通えていたことだけが救いではあるが。

自転車で風を切ることしばらく。

コンビニへと無事に到着した。

コンビニに入ると、ポケットの中のお金と相談しながら買い物を済ませる。

シンジ

(よし、これでしばらくは大丈夫だ)

シンジ

(アキノリは中学校に行けば給食も出るし、俺は昼を我慢すればいいだけ)

シンジ

(これだけあれば、切り詰めてもしばらくは食い繋げる)

コンビニ袋を手に、コンビニを出ようとした時のことだった。

駐在さん

ちょっと君、まだ高校生だよね?

ふと、背後から声をかけられた。

振り返ると、そこには駐在さんの姿があった。

シンジ

あ、いえ……その。

この辺の独特の訛りの入った喋り方で駐在さんは続ける。

駐在さん

今、何時だと思ってるの?

駐在さん

見たところ1人みたいだけど、もう11時だよ?

駐在さん

最近ね、悪ガキどもが夜中にいたるところで騒いでさ、駐在さんのところに集落の人から何件も苦情が寄せられてるの。

駐在さん

その手前、こんな時間に出歩かれると困るんだよね。

駐在さん

あと、いくら田舎でも、なにが起きるか分からない。

駐在さん

平和なところだけど、いつか殺人事件とか、そういう怖い事件が起きるかもしれないんだ。

シンジ

(……もう起きてるけど)

駐在さん

とにかく、この時間の未成年の1人歩きは危険だから、早く家に帰りなさい。

シンジ

あ、はい。
すいませんでした。

とりあえず謝ると、コンビニの外へ出た。

シンジ

(どうして、こんな時に限って駐在さんに会うんだよ?)

シンジ

(いつもは駐在所で暇そうにしてるくせに)

堀田のおばちゃんの件もあり、どうにも嫌な予感を抱いたシンジは、家に置いてきたアキノリのことが心配になった。

自転車にまたがり、漕ぎ出そうとした時、コンビニから駐在さんが出てきた。

駐在さん

……家、どこだ?

シンジ

え、家ですか?

駐在さん

そうだ。

シンジ

えっと……。

シンジは駐在さんに、家がどの辺りなのかを教える。

駐在さん

あー、あの辺りは街灯も少ないから危ないな。

駐在さん

駐在さんが送って行こう。

駐在さん

こんな時間に外出させるなんて、ちょっと親御さんにも説教しないと。

シンジ

(まずい、このままじゃ駐在さんが家までついてくる)

シンジ

あ、その。
親はもう随分前に寝てしまっていて。

駐在さん

自分の息子が深夜徘徊してるってのに、自分は呑気に夢の中ってわけか。

駐在さん

叩き起こしてでも説教してやらないとな。

駐在さん

事件は会議室で起きてんじゃねぇんだ。現場で起きてんだ……ってな。

シンジ

(それ、言いたいだけなんじゃ)

駐在さん

とにかく、あの辺りは暗くて危ねぇから、駐在さんもついてってやるよ。

駐在さん

駐在さんも暇じゃねぇんだ。
ほら、行くぞ。

シンジ

あ、はい……。

駐在さんに断ることもできずに、シンジは自転時を漕ぎ出した。

別に断ってもいいのだが、家の井戸の中に母の死体を隠した後ろめたさもあって、断ることができなかった。

そんなことはあり得ないのに、断ったら疑われてしまうような気がしたのだ。

シンジ

(このまま駐在さんが家まで着いてきて、親がいないことを知ったら?)

シンジ

(もし、そのことを不審に思われてしまったら……)

ぴったりと後ろについてくる駐在の自転車に、シンジはなかばパニックを起こしかけていた。

シンジ

(どうしよう。どうしよう)

シンジ

(このままじゃまずい。なんとかしないと……)

シンジ

(なんとかしないと!)

私は人を殺したことがあります(仮題)

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