ペダルをこぎながら、どうしようかと画策している時のことだった。
ふっと、目の前に黒い小さな影が飛び出してきて、近くにあった民家の敷地へと入っていく。
駐在さん
思わずブレーキをかけたシンジに続き、駐在の自転車も停まる。
多分、猫かそこらが横切っただけなのであるが、しかし駐在はその事実に気づいていないらしい。
シンジ
シンジ
シンジは猫と思われる影が飛び込んだ民家を指差す。
駐在さん
駐在さんは不審げに民家のほうへと視線をやる。
シンジ
駐在さん
駐在さん
駐在の言葉を遮るかのように、民家の庭から物音がする。
おそらく、猫が植木鉢か何かを倒した音なのだろうが、この状況では妙な説得力があった。
シンジ
駐在さん
駐在さん
運がシンジに味方してくれた。
逃げるなら、今しかない。
シンジは駐在の背中を目で追い、敷地の中へと入って行ったタイミングでペダルをこぎ出す。
駐在さん
はるか後ろで、駐在の声が聞こえたような気がした。
しかし、それは自転車が風を切る音にかき消されてしまった。
一心不乱になって自転車をこぎ、自宅の少し前になってから振り返る。
背後にあるのは、ただ闇。
駐在さんが追ってきている気配はなかった。
シンジ
それでも周囲を警戒して、シンジは自宅へと戻った。
部屋に戻ると、テレビの明かりだけが部屋の中に漏れていた。
そして、毛布に包まってテレビを呆然と見ているアキノリの姿がある。
シンジ
アキノリ
シンジ
シンジ
シンジ
シンジは折り畳み式の食卓を出すと、アキノリの左隣に座って、コンビニの袋を漁る。
シンジ
コンビニ袋から食べ物を出す前に、アキノリの隣から正面へと移動した。
狭い部屋の中、わざわざ隣り合って飯を食べる必要はない。
アキノリの正面に来るとテレビを背にすることになるが、そんな小さなことは気にならなかった。
アキノリ
シンジ
シンジ
シンジが買ってきたものは、しかし一般的に見てそこまで高価なものではない。
幕内弁当に菓子パン、洋食ミックス弁当と魚肉ソーセージ。炭酸飲料にレトルトのカレーがいくつか。
適当に金額ギリギリまで買い込んだから、おにぎりやお菓子なんかも多数紛れ込んでいるが、しかしそんなに特別な食事というわけではない。
けれども、シンジ達にとっては、どれもがご馳走だった。
良くて、釜の底に残った冷えた飯。悪ければ、その日食べるものがない――そんな生活を当たり前としていたため、感覚が少し狂っていた。
アキノリ
シンジ
アキノリ
シンジ
アキノリ
シンジ
シンジ
アキノリ
アキノリはそう言うと、自分の右隣を開けて、シンジに座るように促してくる。
ご飯を食べる。少しお行儀が悪いけど、テレビ観ながら。
そんな、どこの家庭でも当たり前のことが、シンジ達にとっては新鮮なものだった。
シンジ
こうして、ごくありきたりの家庭では、当たり前のように見られる光景が、深夜というだけで特別になる。
いや、これまで支配されていたシンジ達からすれば、ありきたりの日常でさえ、特別に見えたのかもしれない。
この日食べた弁当の味と、2人で観た、ほんの少しエッチな深夜番組は、今でも忘れられない。
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